Archive for 2005年7月18日

クロアチア日記(1)

SISR(国際宗教社会学会)で発表するのでザグレブに来ています。
パリ経由でザグレブ入り。14時間の飛行機の旅で3回の機内食、ワイン約1本、けっこう疲れた。途中から一緒になったK助教授のスーツケースが到着せず(同じ機内の乗客のうち10名くらいが被害にあってカウンターに列をなしていた)、そんなこんなで空港から市内に行くバスも終わってしまい、メーターのない白タクを利用するしかなく、波乱の一日目ですが、、、、、
暗くてよくわからないが、クロアチア人口400万のうち四分の一位が集まるザグレブは、とても静かなところ。10時頃にホテルについて、まずはカフェでクロアチアビールとワインで乾杯。クロアチアというと内戦・紛争のイメージが強いが、一人歩きの人も多く、とても安全な街だ。女性の背が高いのが印象的。今のところ人々は、街にほとんどいない、この東洋人に対して親切だ。
12時前に倒れるように寝込んで、朝、5時に起床。こっちでも早起きだ。2日目の最初の仕事はセット接続。ホテルで、担いだいってパソコンで海外ローミングに成功。でもメールの確認はできたけど、送信やWEBへのアクセスができず、しかも地元のマシンはローマ字とは違うので、入力がままならず、各方面にご迷惑をかけています。
本日、ようやくアクセス方法がわかり(こちらの電話会社と一時契約)、WEB上でメールの送受信やブログ書き込みが可能となった次第(日付は日記執筆のもの)。

映画キッズ(4)

ゼミ(テーマ研究)生から「オススメ映画」ときた。映画キッズの不定期連載を急きょ変更して語ろうじゃないか。
よく「無人島にビデオを一本だ持っていけるとすると」とか、「この世の終わりに一本だけ映画が見られるとすると」という飲み会ネタがあるが、はばからず言おう、、、

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一人前

 今日は、3年生のゼミ(テーマ研究)のスポーツ大会だった。内容は当日まで秘密ということだったんだが、球技中心という噂が流れ、僕はややブルーだった。
 運動神経がよくない自分としては、自分のミスがチームの失点につながる団体競技は苦手。中高生の時も「玉を打ったり蹴ったりして何が面白いんだ」とよくうそぶいて、クラスのヒンシュクをかったもんだ。先月から家族も入院中なのが気がかりで、はしゃぐ気持ちにはなれなかった。
 しかし行ってみてよかった。本当によかった。

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クロアチア

トップのスローガンにも書いたが、2週間後にクロアチアに行く。SISR(国際宗教社会学会)で発表だ! ようやく英文原稿もできた。あとは一生懸命読むだけだ。
しかし、行くにあたって、いろいろと問題もある。父の病気、勤務校の成績つけ、オープンキャンパスなどの準備など。特に父親の容態が一番気にかかる。成績はもちろん早めにつけていかなければならない。いつもは提出が最も遅い僕が、、、だ。
今日、ザグレブのホテルからメールが来た。どうやらクーラーが壊れていて、それでもいいか、嫌なら同じ値段でワンランクアップのホテルを紹介するぜという内容。ワンランクアップって言われても、ホテル名から住所もネットで調べたが、地理的な感覚(飛行場からどうやって行くのか、学会会場へは近いのか)がつかめない。
しかし二年前のトリノでの学会はクーラーがなくて悲惨だったもんな。扇風機もない。窓を開けても工事中で目張りがされている。しかも二年前はヨーロッパは記録的な熱波で、いたるところで死者がでていた。たまらずにキャンセルして、数時間、街をほっつき歩いてビジネスホテルを見つけたっけ?
今年もヨーロッパは暑いようだ。
考えてみると学会費も参加費も払っていない。だってファックスでカード番号を送れっていうんだもん。このご時世、それはないでしょう。
さらにエクスカーションも申し込んでない。マリア様が現れるというボスニアーヘルツェゴビナのメジュゴリエに行くのか? 樫尾同志よ。
飛行機代も払ってなかった! 本当に行けるのかSISR 2005 ZAGREB!!

映画キッズ(3)

僕の映画キッズとしての歩みで「真夜中のカーボーイ」は、かなり重要だ。
今でもはっきりと覚えている。土曜日、技術の授業が終わって家に戻り、誰もいないんで一人で飯を食い、いつものように2:30からの「土曜何とか劇場」を観る。新聞で「真夜中のカーボーイ」であることは知っていたので、「きっとウエスタンだろう」と楽しみにテレビの前に座る。映しだされた映像は、何とももの悲しく、そしてハーモニカのテーマ曲が一層それに拍車をかける。
そう僕が観たのはアカデミー作品賞に輝くアメリカン・ニューシネマの代表作だった。中学一年生にとっては、内容はかなり「いやらしい」(男娼とそのマネージャーとの話)のだが、それ以上に僕は、完全に、この映画に打ちのめされた。ラストのジョン・ボイドがダスティン・ホフマンを抱きかかえながら、フロリダ行きのバスに揺られるシーンなどは、今、こうしてパソコンのキーを打ちながらも涙がこぼれそうだ。
この映画をもって、だいたい3つ位のジャンルを集中的に観るようになった。一つはニューシネマ、ヌーベルバークと呼ばれる60年代末から70年代初頭一群の作品。二番目はそこから派生して、ATGをはじめとする日本の中小プロ、独立プロの作品。三つ目は「やっぱアカデミー賞とか、カンヌ映画祭とか、押さえなきゃ」と、とにかく古典と称せられる作品群をできるだけ多く観るようになった。
それぞれ、僕の人格形成に色濃く影を落としている。
中学一年生から二年生にかけて影響を受けたのは、アメリカン・ニューシネマやフランスのヌーベルバークだった。特に「イージーライダー」は決定的だった。中学二年生の夏に三越本店の中にある小さな劇場で観て、その後、神田の王様カレーを食べながら、あまりのショックに口がきけないくらいだった。左の写真をダウンロードしてきたが、うーん、この一枚を見るだけでも「カルト!」と叫びたくなる。
「ハーダー・ゼイ・カム」でジミー・クリフが繰り返し言っていたが、ニューシネマもヌーベルバークも主人公は最後に死ぬことが多い。中学生の僕は、そこんところに参ってしまったようだ。上の映画もそうだが、「勝手にしやがれ」「死刑台のエレベーター」「明日に向かって撃て」、みーんな無様に死んじゃうんだよね。それが僕にしてみると、恐ろしく格好よかった。ウエスタンのアウトローから、破滅型のヒーローに関心が移っていった。だが、同じヌーベルバークでも日本のそれを通じて違うヒーロー像を見出すことになるのだが、、、、【続きを心して待て!】

ある一日

受講生のブログを見ていて思った。
学生は時間がたっぷりあって、いいのぉ。しかもその時間をもてあましている感すらある。
今の僕は強烈に忙しい。一度、何かの本を読んで自分の一週間の起きている時間を分類してみたことがある。圧倒的に大きな割合を占めていたのは一日に幾度もある打ち合わせ、会議、調整、根回し、オルグ、、、何ていうんだ? 一言で言うと「会議・調整」か? 次に多いのが「面談」、、、学生の卒論指導、基礎ゼミのレジュメの書き方の添削、来客の対応。次あたりに教員らしく「講義」。だいたい10コマ前後やっているか。で、研究者らしく「読書」とか「論文執筆」。うーーん。
例えば今日はこんな感じだ。

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