Archive for 2005年8月27日

ロハス―電通による2005年下半期トレンドのトップ

昨日書いた電通の同じ報告書で2005年後半から2006年のトレンド予測のトップに来ているのが「ロハス」。ロハスとは、社会学者ポール・レイと心理学者シェリー・アンダーソンが提唱したLifestyles Of Health And Sustainabilityの頭文字「LOHAS」のことで、簡単に言えば、「ココロとカラダ、地球にやさしいライフスタイル」(テレビ東京で毎週月曜日の「ロハス生活」のキャッチ)。直訳すれば「健康と持続可能性の生活様式」。昨今のヨーガや瞑想のブーム、食に関するこだわり、各種健康法といった健康志向と、エコ・コンシャスな動向が交わったところにロハスは来た。
我田引水かもしれないが、ロハスは僕が研究しているスピリチュアリティとも大きく重なってくる。どの位重なっているかというと、スピリチュアリティから宗教的な要素を払拭すると、多分、ロハスだろう。ただ、それは同時にロハスの危うさも意味している。宗教を超越性と言い換えると、超越性抜きに、やれ健康だ、それ環境だといっても、それは結局、人間本位にすぎない。
「人間本位で何がいけないんだ」という向きもあるだろう。そして意見が分かれるのかもしれないが、僕は人類の未来は、この人間本位をちょっとだけ超え出たところにあると思っている。人間本位のウチに留まっている限り、結局は我々の限界を突破できない。
電通の報告書はいいこと言っている。ロハスは「「エコ・コンシャス」であると同時に、自分の気持ちよさを大切にする「エゴ・コンシャス」でもある。そんな彼らの欲求を満たす「エコでエゴな」商品・サービスは、様々な分野で今年も多数登場している」だって。宗教抜きのスピリチュアリティは、エコかもしれないがエゴなんだ。エゴを超え出たところに、本当にエコはある。

ブログ―電通による2005年上半期人気・話題のトップ

先日、発表された電通の『CONSUMER STUDIES』61によると、2005年上半期の人気・話題商品の1位がブログ。ちなみに2位が「スター・ウォーズ エピソード3」、3位が大画面薄型テレビ。
ブログに関しては、「友だち同心円 link & sync」(つながる力 共鳴する力」)のトレンド動向の中で説明され、そのブームについては「家族、職場、地域社会といった集団への従来型帰属意識が、近年こぞって急低下しているからこそ、その反動として失われつつある絆を取り戻そうという動きが出てきた」と分析されている。「NANA」「ごくせん」「電車男」も、同じ傾向を示しているんだと。
ちなみに、本日の『日本経済新聞』の一面の連載「ネットと文明」によれば、国内のブログ開設者は335万人。2年後には2.3倍に増加という。高橋源一郎をして「日本人がこれほど言葉を発した時代はない」と言わしめているほど。前も書いたが、学生は想像以上に、ブログを活用しているし、その効用を認識している者も多い。確かに僕もブログにして飛躍的、語るようになった。
HTMLからブログに変えて、ちょうど一年がたつ。最初は、メリットが判らないというか、もの凄く抵抗があった。今では学生にブログを布教、じゃない普及せしめ、学会発表でもブログの意義について話すほど、我ながら「ブログの伝道者」となった。オルグしてくれたナベちゃんありがとう。技術支援してくれたセッキー感謝。

8月15日

8月15日、、、いつも僕は何をしているんだろう。夏休みの一日に過ぎなかったのか。
人生ではじめて8月15日という日に靖国神社と千鳥ヶ淵戦没者墓苑に赴いた。
学部が法政だったので、靖国は九段下や神保町にでる時に通るコース。しかし、8月15日に訪れたことはなかった。国会議員の参拝などがテレビで放映されるからいいやって気持ちがあったからだろうか。それとも民族派の方々と時間と場所を共にするのに抵抗があったからだろか、、、千鳥ヶ淵戦没者墓苑は、新宗教の連合体が14日に集会を開くので、何度か一緒に参列したことがある。
しかし今日行ってみてよかった。テレビのモニターからは伝わってこないものを感じることができた。それは祈りのるつぼのエネルギーだ。誤解を恐れずに言うと、猥雑さといってもいい。家族の遺影を掲げて参拝している人、携帯電話で大声で怒鳴っているその筋の方、制服姿の女子高生、昔の兵隊さんの格好をしてワンカップを飲んでいる若者、唱歌をハーモニカで吹いているオジサン、黒服や特攻をビッときめてる民族派の一群、むき出しの拝外主義のアピールの横をアジア系の一行が歩を進めていた、、、こういったものを獲物をねらうかのようにテレビカメラや報道陣が取り囲む。
真剣な面持ちの方もいれば、ニヤニヤ、ヘラヘラした連中もいる。きちんとした身なりの人とスーツもまともに着られないのかよお前といった人が一緒に参拝している。一方、千鳥ヶ淵戦没者墓苑をお参りする人は少なかった。靖国から歩いて10分程度の、この慰霊の地を知らない人も多い。
左右関係なく8月15日に靖国と千鳥ヶ淵戦没者墓苑に来るといい。そこには祈りの多様性がある。これを純粋な祈りとそうでない祈りというように区別したくない。純粋で、猥雑で、ポリティカルなものを包含する多様性が、我々の祈りの現実なのだ。

カエのときどき美術館←ここをクリック

20040824-P1010007.JPG
りょうこうにっきをこうしん←NEW!

ネットカフェ体験

パリの日記をアップしてないが、とりあえず無事、帰国。全体の総括第一弾。
僕は一度も漫画喫茶とかネットカフェとかに行ったことがない。撮影の仕事で場所を使ったことはあるけど、いまだに料金すらわからない。未知の世界だ。そんな僕が今回の旅行ではネットカフェを使わざるを得なかった。なぜって、メールの送受信とブログの更新のためだよ。
今まで海外でネットにつなげるといったら、電話回線を使っていた。ノートパソコンを担いで海外に行き、ホテルの電話線を壁からブッチと抜いて、パソコンにつなげて近くのアクセスポイントに電話する。国によって電話線のプラグは異なるから、6、7種類のアダプタを持っている。
今回もそのはずだった。ところが最初のザグレブで回線はつながっているものの、ネットに入れないという現象がおきた。またブロードバンド時代で重いファイルをメールでやりとりするので電話回線では、いつまでたってもメール受信が終わらない。ドブロブニクでも、同様だった。重要なメールが送信できず、かなり焦って、国際電話かけたこともあった。かなりヤバイ、、、

Read more

イタリア日記(8)

フィレンツェから電車で約3時間でベネチアに着いた。車窓から「あれー、、、これが運河?」みたいに思って風景を眺めていると、やがて電車は水の上を走る。どっかで経験したような既視感に襲われる。そうだ瀬戸大橋だ。
米国の若者がドルからユーロへのレートの悪さを毒づいている駅を出ると、そこは「水の都」。想像していたより、思った以上に「水の都」だ。タクシーの代わりにヴァポレットと呼ばれるボートが頻繁に船着き場に着いては離れていく。乗り方とか、方面とか、わからないままに切符を買い、言われるままに満員電車ならぬ、満員ボートに乗り込む。路線図を見ても、なぜこの停車場に停まるのか理解できず、また運転も乱暴で、ボートを停車場につけるというよりは、ぶつけて停まるといった感じだ。満員の客の肩越しに見える風景も、かなり猥雑。バンコクを「東洋のベニス」というようだが、むしろ「イタリアのバンコク」といった方がいいかも。

Read more

イタリア日記(7)

アッシジ3日目。カルチェリの庵に行く。スパズィオ山を登ると、渓谷の中にフランチェスコが瞑想をしながら暮らした場所がある。午前9時台だったが、すでに多くの人が訪れている。聖書を朗読する夫婦や祈りを唱えながらあるくグループが、聖なる雰囲気を高めている。
フランチェスコが端座したであろう穿たれた岩盤や洞くつを見て回る。足下の悪い渓谷を歩く。フランチェスコが神の声を聞いたという場所には、木の十字架が掲げられて、そこで集会がもたれ、20名くらいが祈りを捧げていた。
午後、一番の電車でフィレンツェに戻る。アッシジと比べると5度ほど気温が高い気がする。ホテルに小さなプールがあって、1時間ほどそれにつかる。夜はトスカーナ料理。豆の入ったパン粥のリボリタや牛肉のワイン煮を赤ワインと一緒にいただく。