Archive for 2005年9月21日

父の他界

私の父・弓山泰吉が9月18日に永眠いたしました。
生前は多くの人のお世話になりましたこと、心よりお礼申しあげます。
葬儀は勝手ながらごく身内だけの家族葬で執り行わせていただきました。
父は糖尿病でインシュリンをうつ生活が10年ほど、人工透析が6年あまり、80日間入院しての旅立ちでした。
80日の間、私は25日間ヨーロッパに、5日間プサンに、3日間は大阪に行っていました。父の最期に何ができたのかなぁと考えると、涙が出そうになります。
父の死の2日前の16日まではプサンにいました。26日からは講義が始まります。もの凄く勝手な解釈をお許しいただければ、父は僕の身体があくのを待っていてくれたのかもしれません。
そう考えると、申し訳ない思いと、感謝の念が交差します。看取り、葬儀と、平凡な言い方かもしれませんが、考えることがたくさんありました。宗教研究者として、また最近ではスピリチュアルケアに関する講義を行っている身としては、頭では判っていたこともありましたが、実際の経験となると、やはり大きく予想と異なっていました。
通夜と告別式で、父のことをたくさん話しました。そうすることで自分の中では気持ちが少しずつ整理されていきます。今日は学科会議に出ました。11月のシンポジウムの打ち合わせをしました。何にかの方が「大丈夫?」と声をかけてくれました。キャンパスでは学生が手を振っていました。明日は高校生に模擬講義をし、夕方からは企画の打ち合わせです。日常生活に意識も身体も戻りつつありますが、何か現実味がないのも事実です。
そんな思いは、10月1日から始まるスピナビのエッセー・コーナーで綴っていきたいと思います。
最後になりましたが、家族葬ということで、葬儀のご案内もせず礼を失した私に、暖かい励ましの言葉、思いをお送りくださった方々に、心より感謝申しあげます。

韓日六大学共同セミナー(4)

学生の日韓ブログを見て、ふと思った。自分が大学生の頃、日韓といったら何だっただろう。当時韓国は全斗煥大統領による軍事独裁政権下に置かれていた。日本は中曽根、アメリカはレーガン、イギリスはサッチャー、ソ連はアンドロポフからチェルネンコに移り、国際関係は緊迫していた。そん中、大学3年生の夏に、全斗煥が来日し、その阻止闘争のデモの後の方に僕はいた。
今の学生は、全斗煥なんて言っても多分知らないだろう。朴正煕は? 金大中は?
しかし、僕らの頃より今の学生の方が、ずーっと日韓友好している。僕は、韓国と日本のことを真剣に考えていたようで、実は学生時代、韓国人とは話したこともなかったのだ。
自分の学生が軽やかに、韓国人学生とビリヤードをやり、お買い物をし、居酒屋で飲んで、自宅に泊めてもらっているという報告に接するに、大きな隔たりを感じざるを得ない。ある意味羨ましいとも思う。こうした軽やかさから、本当の友情が始まるのだと期待したい。

よど号の赤軍・声明文風に

本日をもって、本ブログBグルメ日記を全面的にダイエット日記と改める。理由は明確である。韓国で食べ過ぎたからである。先日のゼミ(テーマ研究)飲みでも、あろうことか、に○が○から「先生、どうして、そんなに太ったの」と3回に渡って言われたからである。これから焼肉食べ放題に行くという時に、である。
脂肪の現状はダイエット日記に余すことなく記されるであろう。当面の目標も長期的目標も明確化した。当面の目標を貫徹するまで、我々は圧倒的に斗い抜く。我々はいったんはダイエットに向かい、そこにおいて労働者、国家、人民との強い連帯を持ち、筋トレ、ジョギング、水泳等々を行い、今年の晩春、再度、いかにその壁が厚かろうと再度、Bグルメ日記に立ち返り、断固として前段階武装蜂起を貫徹せんとする。我々はそうした目的のもとに今日のB級グルメからダイエット日記への転換を敢行した。
我々は如何なる闘争の前にも、これほどまでに自信と勇気と確信が内から湧き上がってきたことを知らない。最後に確認しよう。われわれは“力石徹”である。

韓日六大学共同セミナー(3)

15日、大正大学は独自行動。宿泊もヘウンデ(日本でいうと江ノ島みたいなところ)に移す。まずは11時に男女それぞれ地下鉄でヘウンデのホテルに集合。13時に東西大学校の学生が応援に来てくれて、学生はソミョンに繰り出す。
僕はいうとヘウンデに残り、携帯片手に天然温泉の休憩室で待機。4日間の疲れとアカを洗い流す(こっちでは風呂やサウナで携帯電話は普通)。夜はタコ鍋(写真)と海鮮チヂミで宴会。韓国学生が「日本人には辛くて無理」と言うので、少し辛さ控えめにしてもらった。実に美味くて、残った汁に飯をいれて、ほぼ完食。
偶然、この日が誕生日というオリボをみんなでお祝い。さらに誕生日が近いということでタッキーとユカリッペ、そしてお世話になった韓国人学生が、次々と祝福コールの中、ケーキのローソクを消していった。その後は日本的というか、韓国的というか、よくわからない東アジア的なノリで宴会を貫徹。二階を貸し切りだったが、放歌放吟、地響き、拍手が、一階のみならず、近所にも響き渡っていた。
しかしこの店選びにしろ、そもそも今回の渡釜、航空券の手配、15日のホテル選び、僕は要所要所でアドバイスしたが、基本的には全て学生がやった。店選びにも僕はいたが、僕は「ここで店の人にお任せでいいんじゃない?」みたいなのりだったが、学生の方がハングル語ガイドブックを示し、きちんと料金を計算して、一生懸命に交渉していた。セミナーでの報告にしても、原稿作成の最終チェックには、僕は朱入れで関わったものの、最後は学生がお互い数分おきにメーリングリストに原稿をまわし仕上げていった。面倒なお金の計算も円/ウォン換算で、その都度、その都度、参加者に報告・精算をしていて、偉いよな(僕は「日本に帰って計算すりゃいいじゃん」だった)。聞いてみたら、今回、準備に関わった主要メンバー、ほとんどが海外初体験だったそうな。
これって何か感動だよな〜。もちろん韓国側の献身的な努力があって、今回のセミナーは可能になったんだが、、、、、自分が学生の頃って、そんなんできただろうか?と思うと、本当に素直に頭が下がる思いだ。アナログが最後に日に「先生不要論かも」と冗談めいて言っていたっけ、、、しかし、まぁ、もっとも、、、これも、それも「教師が喋らないのが本当の教育」と常日頃から放言してはばからない僕の教育力の賜物ということで、いいよね?

韓日六大学共同セミナー(2)

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韓日六大学共同セミナー(1)

今年から、こういう呼称になったそうだが、昨年に続き、ゼミ(テーマ研究)の学生24名と、出席。9月12日にノースウエストで釜山に到着。女子学生はササンにあるホテル泊で男子学生は学生寮へ。成田がもの凄く込んでいて出発・到着が1時間くらい遅れた、、、おかげで韓国側スタッフとのカルビ食を逃すものの、飲み屋で男子学生と男臭く到着を祝う。奴らが次々にチヂミを食うんで呆れる。
13日は入所式の後、学生はホームステイ先の学生と市内観光に。日本人教員は、ソミョンにデジクッパでも行こうかと言ったところ、李先生が女子学生が泊まっているホテルに並びに「釜山で最高デジクッパ」の看板を掲げる店があるというので、そこへ連れて行ってもらう。
いつ食べてもデジクッパは美味いのぉ。ソミョンのは、いろんな部位が入っていて、それはまたそれでいいが、ここのは辛味味噌が乗っかり、麺がトッピングできるようになっている。ソウル在住10年で、デジクッパ初体験の日本人韓国学者もさっきまで「何でそんなもんに、、、」てか感じだったが、一口食うと「こりゃ美味い」を連発。これを食べると釜山に来たという実感が高まる。
今回は携帯電話借りて何かあったら学生に連絡するように言ってある。もちろん韓国人スタッフがちゃんとお世話してくれるので心配ないのだが、、、案の定、一件の電話もなく13日は終了。

読売ADにロハスが、、、

『読売ADリポート』VOL.8-NO.6(2005年9月)の特集は「環境コミュニケーションとは何か」。そこでロハスに関するレポート「環境コミュニケーションを変えるLOHAS〈ロハス〉」が。
ここでも言われていることは、消費行動と結びついたエコ。つまり自分にも心地よくて環境にも優しいライフスタイル。興味深いのはロハス層の割合。日本では29%で、アメリカの23%を抜いているという。
ちなみに本日のテレビ東京のニュース「WBS」でも本日の特集は「ロハスが生む巨大市場」。内容は上記レポートとほぼ同じ。ロハス層の典型として、(1)移動は自転車、(2)美容・健康に敏感、(3)ゴミは少なく、(4)環境配慮がカッコいいOLを紹介していた。おまけとして三菱地所のロハスなマンション(イメージキャラクターは坂本龍一)も登場。
土建屋が何でロハスやねんという気もしないではないが、殺伐としたマンションより、エコで心地よいマンションの方がいい。ただ、それで反自然的な存在である人間と自然との調停がなされたとはいえない。ロハス思想の脆弱さも、そこにある。

ホワイトバンド

ホワイトバンド、、、けっこう目にしますよね。
「3秒に1人、子どもが貧困から死んでいます。食べ物がない、水が汚い、そんなことで。この状況を変えるには、お金ではなく、あなたの声が必要です。貧困をなくそう、という声を表すホワイトバンドを身につけてください」という主旨のものとに、「ほっとけない世界のまずしさキャンペーン」(グローバルな貧困根絶キャンペーンの日本キャンペーンで、世界のキャンペーンと連携を取りながら活動)が普及につとめている。世界中のアーティストが連帯を表明している。
学生のブログにもちらほら。9月3日・4日に研究会があり、講師の先生が着用。この先生と一緒に乗った山手線の中で今風の男子高校生がしていた。で、その日の晩の居酒屋のおねえさんも。彼女曰く「えー、アフリカの子どもたちが、、、」
いいんだ、それで。小さな善意が、きっと世の中を良くしていくに違いない。ちなみに日経新聞(8月26日)によれば、このホワイトバンドもブログで広がったものだという。