Archive for 2005年12月30日

05年総括

年の瀬なので、年間総括をしてみよう。今年を一言でいうと、転びながら、ポケットから小銭を落としながら、突っ走ったという感じだ。後厄でもある。体調を崩して正月を迎え、実家でダウン(本当に倒れ込んだ)。何となく、その辺りから波瀾万丈の一年の予感がしていた。

Read more

Bグルメ・ダイエット日記の締めくくり

今年はB級グルメ日記の一時中断、その後、ダイエット日記への転換をはたした。前者の理由は端的に時間がないため。研鑽は日々積んでいる。その証拠が後者。つまりダイエットが必要となったったということに如実に示されている。
一般にダイエットはたいてい成功しないが、その過程で何か得るものがあるというのが定番だ。しかし僕のばあいは、1ヶ月で、あっさりと4キロほどの体重減と目標にしていた体脂肪の10%台も成し遂げてしまった。運動も続けているので、リバンウドもなく、体重は69キロ前後で体脂肪も20%前後だ。ただ、いずれももうちょっと落とす必要はある(体重は65キロ、体脂肪をあと数%)。
B級グルメ的には、ラーメンから遠ざかって3ヶ月が過ぎた。これではいけないと思い、今年を締めくくるべく丸長へ。偶然にも丸長も今年最後の営業で活気があった。客もチャーシュー野菜に中盛り、大盛りコールが続く(いつもは、その一つ下のランクの「小鉢」が多い)。僕もつられて、チャーシュー野菜・中。ドンブリに甘・辛・酸のタレと、写真を見てもらえば判るがチャーシューの砕いたものと煮野菜がみっちり入っていて、そこにとスープが注がれる。つけ麺といっても、麺をつける場所がないので、最初にチャーシュー野菜を少し食べて穴をあけて、そこに麺を入れる感じだ。もちろん食べ終わったら、残ったタレにスープを入れてもらい、飲み干す。
そういえば日記を書いていたツールを廃止するとニフティから連絡がきた。全部、ココログに統一するそうだ。ならこの日記もMySpinaviに統一するか、、、新年、ダイエット日記をBグルメに戻す予定。今後ともご愛顧の程よろしくお願いします。

娘へのプレゼント

娘にクリスマスプレゼントを贈ろうと思った。今まではサンタさんがくれたが、今年は、それに加えて父からも贈ろう。
さて、どうする、、、自分が娘の年頃に読んだ本などがいいと教育者らしく思い、書店に。ドリトル先生シリーズや15少年漂流記、ロビンソンクルーソーなどを立ち読みする。今一つピンと来ない(井伏鱒二訳のドリトル先生がなかった)ので、帰宅。娘よ、プロゼントはなしだよ、、、、

Read more

マリ・クレール誌に

『マリ・クレール』の特集が「スピリチュアル」だ(計10頁)。内容はスピリチュアル・サロン体験レポート、セレブがはまるカバラ、スピリチュアルできれいになる進化系エステサロン、スピリチュアルな体験から転身したカリスマ・デザイナーなど。吉本ばなな氏・鏡リュウジ氏とともに、僕も現在のスピリチュアル・シーンに関するコメントをした。
特集名は「スピリチュアル・ブームの最前線―前世療法からオーラ診断まで“癒しの東京”をリポート」。目次には「スピリチュアル・パワーで幸せになる!―女性たちを虜にするスピリチュアル・ブームの最前線をリポート」とある。どっちが本当のタイトルだ(僕ら学者は、タイトルにこだわる職業なのよ)。
それはともかなく、この特集を読んでいて、実に感慨深い。例えば5年前に誰が「スピリチュアル・ブーム」なんて来ると思ったか。これまで「なんでスピリチュアルなのか」とか、「スピリチュアルという用語を使う戦略は」とかと言われ続けたが、女性誌の表紙に「スピリチュアル・ブーム」だもんな。
もちろん学術用語として「スピリチュアル」の長・中期的戦略は十分に練りつつある。来年の学会発表も仕込み中だ。

廃車、、、

マイカーを廃車にした。
ホンダのビガー91年型だ。95年に親戚から数十万で引き取ったものだ。自分で陸運局に行って、ナンバーの書き換えをやった。最初の遠出は地下鉄サリン事件直後の上九一色村だった。
毎月の駐車場代、車検に保険、、、、しかし乗るのは月に1、2回。下手をするとバッテリーを充電するために車を走らせている感もある。維持費や年式を考えると廃車するのが一番だった。
車には80年代末から乗っているものの、僕はそんなに車に入れあげない方だ。しかし廃車にする時には涙が出そうになった。

Read more

「単位」「出席」「成績」を廃止せよ

僕は大学において〈学び〉を疎外しているものは、ズバリ「単位」「出席」「成績」であると考えている。いろんな場面で言っているが、学ぶことと「単位」「出席」「成績」は本来、何の関係もない。単位や良い成績のために学ぶようになった時に、そして出席を取るから講義に出るようになった時に、僕は学びも講義も死ぬと考えている。つまり目的にならいもの(「単位」「出席」「成績」)が目的になり、学ぶことがそこに従属するようになったら、お終いだからだ。
学ぶこととは、人間の知的な欲求に基づいている。知りたいとか、極めたいとか、そうした衝動にも近いものが内側からわき上がってきて学ぶという行為になる。「単位」「出席」「成績」は、こうした知的な欲求の担い手を、単なる点取り虫に、あるいは点さえ取れればいいやのバカに仕立て上げる。
学生時代、大学に矢内原伊作先生という有名な哲学者がおられた。その先生のゼミは50名以上の大所帯。先生は初回の講義で「人間は自由だ」みたいなことを言って、悠々と自室に引き上げられるのを常とされていた。学生が、ジーーンと来る瞬間だ。ところが、そんな矢内原ゼミも冬になると「レポート? 試験?」みたいなことをゼミ生がささやき始める。お前ら「人間は自由だ」はどこに行ったんだ? 何のために矢内原ゼミに入ったんだ?
もちろん、僕の主張が青臭いのは重々承知だ。「単位」「出席」「成績」を活用し、学びの意識を高めていくのが本当の賢者のやり方だ。「単位」「出席」「成績」が、知的な欲求を引き出し、機能させるなら、それにこしたことはない。予備校での学習が、本当に生き生きしているという報告は珍しくない。だが、学生だけでなく教員までも「あと何回休むと」とか「何が何%で成績がどうした」みたいなことをやっていると、無性に苛つくぜ。
だから声を大にして言うんだ、大学に「単位」「出席」「成績」は不要だと。

2006年度テーマ研究ガイダンスに結集せよ

大正大学の人間科学科では、3年のゼミ(テーマ研究)を決めるにあたって、毎年、2年次末にガイダンスを開催し、その場でゼミを即決する。
 日時:2006年1月11日(水)16:25〜17:55(最大19時まで)
 場所:1021教室
人気ゼミは抽選(ジャンケンとかくじ引き)。これに関しては教員側でも議論が多々(面接、試験、GPAなどの成績で選抜する等)あるものの、そして試行錯誤しているものの、抽選に代わる公平・公正な方法もなく、結果として人間科学独特かつ恒例の行事となっている。
いずれにせよ、参加しないことにははじまらない。まなじりを決して1・11ガイダンスに結集せよ!

Read more

[00自己紹介]の主な内容

■アカデミック
履歴と職歴
編著書
論文
助成金をいただいた研究
更新履歴
■趣味
映画キッズ(1)映画キッズ(2)映画キッズ(3)映画キッズ(4)
■書評した本←NEW!
癒しの時代を開く癒しの日本文化誌カリスマカルト資本主義教祖とその時代共同幻想論教派神道の形成検証・オウム真理教事件現代救済宗教論シネマの宗教美学終末と救済の幻想新宗教新宗教の解読性を問う日本型システムの終焉ピアニストマンダラ恋愛の不可能性について

観蔵院を訪ねる

大正大学の小峰彌彦先生が住職をつとめられる観蔵院が、曼陀羅美術館を開設するにあたって、書いた一文です。
観蔵院(真言宗智山派)を訪ねる
 大正大学人間学部仏教学科の小峰彌彦(みちひこ)教授が住職をつとめる観蔵院に立派な曼荼羅があり、また仏画教室などの活動をされていることは、学内のたいていの人が知るところである。教授の著書を見れば、またインターネットで「観蔵院」を検索すれば、その一端をかいま見ることができる。私も金剛界曼荼羅と並んで胎蔵曼荼羅ができあがったと聞き、一度、拝見したいものと思っていたところ、このたび、曼荼羅美術館の開設にあたり、落慶に先立って訪問する機会を得た。

Read more

アニメと霊性(スピリチュアリティ)

 全国曹洞宗青年会の広報誌『そうせい』2005年11月号に寄稿したものです。私は決してアニメ・ヲタクでもないし、サブカル談義に饒舌な訳ではないのですが、なぜか、こうした原稿依頼が時々きます。もちろんアニメは、決して嫌いではなく、僕のものの考え方のある部分は、アニメに依拠していると言っても過言ではないのですが、、、、

Read more