Archive for 2006年1月30日

國學院のゼミ打ち上げ

本日が國學院のゼミ(宗教社会学演習)の最後だ。非常勤先でゼミというのは珍しいのかもしれない。しかも2コマ(受講生は異なる)。最初、6限の打ち上げだったが、それに5限の受講生も加わり、合同の打ち上げ。
途中、花束贈呈などもあり、感激!!
國學院の学生は神道文化学部ということもあって、神社との関わりが深い学生が多い。もちろん家がお宮さんの学生も半分近くだろうか。また社会人も意外にいて、発表などを聞いていると、社会生活を経ているかどうかは、やはり大きい。
ところで、國學院と僕との関係は実は長い。

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覚醒剤事件で誤認捜査

今朝の新聞によると、綾瀬署が亀有の雑貨店を覚醒剤容疑で家宅捜査。途中で「お隣さん」だったことが判明したという(詳細はこちら)。
読んでいて他人事じゃないと思い出した。

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バトン、、、今、ちょっと無理っす

関係各位からバントが回ってきている。
え〜、、、、申し訳ありません。
こういうの好きなんですが、考え込んでしまう(というか、笑いを取ろうと頑張ってしまって)時間がかかってしまうんです。
今取り組んでいる課題の山が超えたら、トライします。

日本酒との出会い

NCCの学生懇親会で、酒談義になった。日本酒を美味いと思うかどうかということを副手のT嬢に問うたところ、「苦手」だという。学生も、あまり日本酒を飲まないみたい。
そこで僕と日本酒との出会いを語ったんだ。

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NCC学生懇親会

大学で今年からできた学科・専攻横断のコースであるNCCの学生懇親会に出席した。人数こそ、そう多くなかった(20〜30人)ものの、幹事役の学生の準備によって、料理・飲み物が取りそろえられ、楽しい一時をもった。
僕は、このNCCの副主任をしている。カリキュラムの問題や学内がの折衝など、やらなければいけないことは山積み。なおかつ、このコースは学外の連携を模索しているので、閉鎖的な大学にあっては、常に新しい取り組みだ。やり甲斐がある反面、大きな責任もともない、結構、きついね。
しかし、NCCの学生は、表情が明るいね。元気が良いね。今後が楽しみだよ。

感動のテーマ研究打ち上げ

ゼミ(テーマ研究)の打ち上げだ!場所は「世界の山ちゃん、幻の手羽先」。実は講義とちょっとだけ関係がある。それはブログを作る際に実験用のブログを一つ作り、学生の前でデモをしていて、そのタイトルが「世界の弓ちゃん 手羽先」。ただ、その時(4〜5月頃)は学生は誰も「世界の山ちゃん」を知らなくて、何のことだか判らなかったそうな(さむぅ)。
さて、前日に飲んで忘れ物をしたために、集合場所で学生と一端別れて、忘れ物ゲットの後に店に行く。学生はまだ来ていないので、メニューを眺める。「ドテ煮」「みそカツ」といったB級な食い物が並び、結構楽しみ。
ようやく学生が来て、席決めなど。「一人ずつ飲み物を決めて」みたいなことを言っているので強制的に全員ビール。乾杯っていったらビールだよな。珍しく乾杯の挨拶をするように言われたので(挨拶が説教くさくくどいせいか、最近お鉢が回ってこない)、挨拶。乾杯。
ーーーっと、その時。ちょっと待てのかけ声。部屋の外から持ち込まれたものは。

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テーマ研究終了

本日で05年度のテーマ研究が終了。102頁の報告書もできた。
感慨も込めて書いた報告書「はじめに」を以下に公開します。
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はじめに
 本報告書は大正大学人間学部人間科学科におけるテーマ研究A(担当:弓山達也)の2005年度報告書である。テーマ研究とは、4年間の学習の中で中核的な科目で、いわゆるゼミナール(演習)であり、年間を通じて週2コマ(計3時間)の科目である。本年度のテーマは「生きる力をカタチにする」であった。以下、このテーマに取り組んだ目的と成果を述べていこう。

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教授昇格

本日の教授会で、教授に昇格することが認められました。辞令は、まだいただいておりませんが、関係各位にはご高配を賜り、感謝申しあげます。
こうした自分の自慢話のようなことを書くとヒンシュクなのかもしれませんが、また人事に関わることを公開することは憚られるのかもしれませんが、まずはお礼を申し述べたいと思います。
本当にありがとうございました。

シンポジウム「元気なのには理由〈わけ〉ある」

以下は『新宗教新聞』に書いたコメントです。
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 教団活動の最前線から発題者を迎えて開催された本企画の意義は大きい。宗教伝統の異なる教団からの意見交換となると、大抵、教団本部勤務の教師か本部の意向で選ばれた教師の派遣となる。当然それも重要であるが、今回のような布教・教化サイドからのレポートは、当事者によって語られることに大きな意味があったといえる。
 ところで今回の企画には伏線がある。主催の国際宗教研究所は二〇〇四年一一月に「現代における宗教者の育成」というシンポジウムを開催し、そこでは次世代の教師の養成について議論がなされた。世襲化をどうプラスに機能させるか、モティベーションや求道型のスピリチュアリティをいかにコントロールしつつ高めていくかという模索が語られた。今回の企画は、これを信者レベルに焦点を当てて、議論したものといってよい。
 筆者は前回は司会、今回はコメンテーターとして登壇したが、今回ほど宗教者がビジュアル資料を用いて発題したことは、これまでの国際宗教研究所のシンポジウムでは珍しかったと思っている。さずが第一線で活躍されている方だけあって、聴衆の心を捕まえる術をご存じだ。そして映像を見ながら信者の表情に信仰の高まりと喜びを見た聴衆は私だけではなかったであろう。あるパネリストに同行した十数人の信者さんたちの一丸となった熱い応援も発題に説得力を与えていた。こうした個々人の信仰の向上を、どう教団の活性化に結びついていくかは議論の一つでもあった。
 布教・教化の成功には神仏の働きがともなうものであろう。しかし同時に人事を尽くすマネジメントのレベルも重要で、こうしたノウハウは、宗教伝統を超えて教団間でもっと共有されてもいいに違いない。そして信者や教団が元気であることとが、教団の枠を超えて地域や社会全体にも直結するような回路も、宗教に対する無関心や拒絶感が強い今だからこそ意識しなければならない。

講義終了

今期、9コマの講義が最終回を迎えている。
実は最終回の講義は苦手。最初回の講義は、アジテーションなので得意(最近、空回り気味)。どうも学生の顔が直視できない。物足りなかったのかなぁ。消化不良だったんじゃないかなぁ。期待はずれじゃなかったのかなぁ、、、いろんな思いが頭をよぎる。特に僕の講義は、「これ」って答えがないから、肩すかしを食う学生は多いようだ。
そしてそれよりも一期一会みたいな感慨もある。この受講生と会うのも、これが最後なのかな、、、とかね。だったら、何か感動的なフレーズで締め括んないといけないんじゃないかというプレッシャーもあるが、これをやるとくさいし、空回り率が高いので、(最近は)やらない。(稀に拍手があることもあるが)
そこで、最後は簡単な講義アンケートなどを書いてもらい、書き終わったら三々五々解散してもらっている。なんとなーくフェードアウトする感じ。意外とシャイなんだな、ボク、、、、