Archive for 2006年3月28日

無事帰国?

バンコクから戻り、成田に着いたのが午前6時過ぎ。そのまま大学へ、、、、池袋でNEXを降り、荷物を家族に渡し、バスに乗り換える。ここでアクシデント。
財布に2ドルしかない。
日本円は別にして家族に渡した荷物の中。携帯もなく、呆然としてしているところに、副手のY本さん、登場。バス代200円を恵んでもらい、大学に向かう。大学に行けば、部屋にお金があるはず。大学には東西大学の短期留学生35名が待っている。
東西大学には一昨年から僕のゼミの学生が、夏のセミナーでお世話になっている。そして昨年から大正大学で東西大学の学生の短期留学(語学研修)の受け入れをしている。今年は35名を受け入れる。歓迎会、ガイダンス、面接と続く。

バンコク日記(4)教え子との再会

バンコク4日目。夜11時近くのフライトなので、ホテルの滞在時間を延長してもらう。朝食後、プールでダラダラし、スクンビット線のトンロー駅近辺のお店など見て回る。
昼にH薗君に会う。H薗君は、法政で非常勤をしていた時の教え子だ。彼が受講していた年は、新宗教見学やヤマギシ会での合宿、花見など、非常勤とは思えない密度の濃い関わりがあった。非常勤が終わった後も交流のある学生が4、5名いる。H薗君は卒業後、マンダラケに就職したと思ったら、最近になって中国、しかも昆民に留学。その彼が、インドに放浪する途中、バンコクにいることを知り、連絡を取り合った。
プロンポン駅改札で待つ髭面の彼と数年ぶりに再会。もみあげは意図的にアンバランスに整えている。結構、感動した。「靴はいてるじゃねーか」「ラリってないだろうな」と戯れ言を交わし、近所のタイ料理屋に。聞いてみると昆民では中国語の資格をとり、将来は中国で就職を考えているとのこと。インドには瞑想修行が目的みたい。エライの〜 タイ語も喋っているし、、、
1時間でビールを3、4本ほど飲み、グリーンカレーやトムヤンクンなどを食す。その後、ラーメン屋で餃子と焼売とビールを2本。
次は9月に釜山か、来年7月にベルリンでの再会を誓う。

バンコク日記(3)プー・パッポン・カレー

夜中に病院から電話があった。入院かどうかの瀬戸際だ。自分の身体を意識を向けると、多分、大丈夫という確信がわいてきた。入院は丁重にお断りする。
朝、ホテルでお粥があったので、それを食する。痛みもなくなったので、郊外に行く。水上マーケットなどを見学する。だんだん調子も出てきた。ただ生水・生ものはひかえ、昼食もおとなしく麺を食べ、ほんの少しビールを飲む。
夜、かなり回復したので、外食を試みる。さすがに屋台は避け、前回のバンコクで一番印象的だった蟹カレーを食べるべく、コンシェルジュに問い合わせる。
さて、蟹カレーをタイでは何と言うか。クラブカレーじゃ通じない。プー・パッポン・カレーだ。ただ僕の発音じゃダメなので、ローマ字表記で紙に書いてコンシェルジュに見せる。彼はじーっと紙を見て、「これは店の名前か」と聞いてきた。「いや、カレーの一種だ」と僕。フロント係も2人やってきて3人で協議を始め、一人が「プー・パッポン・カレー」と膝を打ち、いきなり大笑い。
うーん、、、プー・パッポン・カレー、そんなに可笑しいのか? もしかして日本で「天むすの美味しいところはどこですか」とか、「サバ寿司のうまい店を教えてください」と聞いたようなものなのか、、、
いずれにせよ、レストランが判ったので、タクシーを呼んで貰う。タクシーを待つ間にドアボーイに、レストランの名前とプー・パッポン・カレーと書いた紙を見せると、そこでも大笑いされた。ドアボーイは同僚を呼んで、そいつも笑っている。そこで理由を聞いてみると、プー・パッポン・カレーのローマ字表記がメチャメチャなんだいう。ストレンジでファニーなのだ。畜生、ガイドブックめ!
タクシーに僕が乗り込むまで、会話の端々から推測するに、彼らはカレー談義をしているようだった。
タイ人にカレーで笑ってもらって、僕は嬉しいよ。そんなで写真はYokYorというレストランで食べたプー・パッポン・カレー。

バンコク日記(2)医者を呼んでくれ!

バンコク2日目。午前中に少し市内を回る。身体に異変が起きたのは午後1時頃だっただろうか、、、、

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バンコク日記(1)残念だ日航よ

かなり唐突にバンコクです。今回は特に目的らしい目的もなく、2回目のバンコク。
エアはJAL。キャビンスタッフが持ってくる新聞の一面に「日航、機材点検ミス」みたいな見出しが踊り、滑稽だったが、ふと気がつくと自分が乗っている機材が、かなり古いんだな、これが。椅子のカバーなど剥がれかけている。前の方で恰幅のいいお父さんが、「パーソナルTVのないJALは初めてだ」と怒鳴っている。スタッフに聞いてみると、直前に機材変更があったとのこと。
機内食は魚と高菜炒飯。ビールとワインを各1本。Bloody Marryを4杯飲む。

セルフうどん どんどん庵

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「三代目 茂蔵」に激怒して、突風の中を名古屋丸の内をほっつき回る。というものの、かなり寒くポケットに手を突っ込んだまま、すっころびジーパンを破き、膝をすりむき、さんざんだった。
アパホテルの裏で見つけた「セルフうどん」ののぼり。その名も「どんどん庵」、、、店にはいるとおつまみ類や酒もあって、最初から、ここにすればヨカッタ。とはいうものの、「三代目 茂蔵」で心のこもっていないサービスと飯に残念ながら食傷気味なので、味噌煮込みうどんとキムチとビールだけにしておく。
おおーっ、、、さすがセルフうどん、つゆも自分で蛇口をひねって注ぐのか。僕のは味噌煮込みだから、必要なかったけど、、、めんつゆには白と赤に二種類が嬉しいね。満腹、満腹。

三代目 茂蔵

名古屋で泊まったのはアパホテル。いつも大学の最寄り駅である板橋から見えるチェーン店でもあり、一度、使ってみたかった。事前に口コミ情報を見ると、結構、狭い・(大浴場が)汚いと書かれていたが、まぁ、こんなもんだろう。むしろビジネスホテルなのに、天然温泉がある方が珍しく感謝だ。
ただ問題は夕飯だ。近所に食べに出ようにもビジネス街で、ほとんど何もない。仕方なくアパホテル御用達の「茂蔵」なる店に入る。板橋にも「茂蔵」が入っているが、使った人を見聞きしたことがなく少し不安だった。
不安は的中。
まず寒々しい店内。午後7時半だが、すでに朝食のセッティングがされている。フロア係が2名いるようだが、奥に引っ込んでいる。日本酒を一杯飲んだが、驚いたことに常温。聞いてみたら、この店はそうしているそうだ、、、絶句。さらにホテル宿泊客は10%offなのだが、そうなっていなかった。後で気づいて申し出たが、客が数名で、オレは軽装でいかにも宿泊してますっていう感じ(途中に部屋に忘れ物を取りにいっている)なのに、これはないだろう。そもそも、宿泊者以外、ここに来る客はいないだろーに。
アパホテルはもう一回泊まってみたいが、茂蔵は勘弁だ!

すぴこんin名古屋

スピリチュアル・コンベンションの略。年間30近く、しかも全国で開かれている展示会・見本市方式のイベント。100くらいのスピなワークやグッズのブースが立ち並び、だいたい数千円で数十分のセッションが受けられる。随時、セミナーが開かれている。96年・97年に東京で開催された「フィリ・フェスティバル」の中規模にした感じといって、判る人は、いる?
いずれ、こうしたスピコンの意義・位置などはきちんと述べなければならないが、日本のニューエイジシーン、スピリチュアルシーンに根付いた観がある。人気があるのはリーディング、オーラ写真、クリスタルだろうか。僕が体験したのは、、、
・イルカくん、イルカちゃんのチャネリング
・マサコさんのクリスタルリーディング
・ラエリアン・ムーブメントの瞑想
・チャクラ診断
そいうえば一昨年トリノの学会に行った際のエクスカーション先のダマヌール(地下に神殿を持つイタリア公認のコミューン)も出店。いろいろと情報をいただいてきた。

入試用パンフの取材

2007年度の大正大学の大学案内で学部学科紹介(ゼミ探訪)というのがあって、人間科学科のページに僕のテーマ研究が掲載されることとなった。
午前中に取材。昨晩の卒業パーティでは深酒をしなかったので、ヨカッタ、ヨカッタ。で、以下はライターさんの原稿から。
■キャッチ
ゼミ旅行、スポーツ大会etc…課外活動も充実!
学びプラスアルファで「生きる力」を伸ばそう!
■小見出し
弓山達也ゼミ「『生きる力』をカタチにする」
■本文
 弓山ゼミのキーワードは「生きる力」。教育・宗教・看護など6つの班に分かれ、それぞれの分野で「生きる力」に携わっている方々へインタビューを行い、ひとつの報告書にまとめ上げました。
夏休みには、韓国・プサンへの研修旅行を実施。日韓の大学生が研究レポートを持ち寄り、互いの意見を交わすセミナーをはじめ、ホームステイ、懇親会など盛りだくさんの内容です。スポーツ大会や合宿での集中議論など、学生主導でさまざまな課外活動を行っているのも弓山ゼミの特長。学びプラスアルファで、学生一人ひとりの「生きる力」を楽しく&着実に育てるゼミです。

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卒業式

大正大学の卒業式である。とはいうものの、午前中から学科会議や小さな打ち合わせがいくつか入る。そんな訳で式には一番後で立ち見で出席。約1時間半近く。いつも感じることだが、親御さんが熱心に出席しておられる。娘の荷物を持ち、「こっち席あいてるわよ」と誘導し、ビデオを撮り、夜の部の邪魔にならないように、娘の荷物を持ち帰る、、、、良いのか悪いのか判らないが、正直、違和感は否めない。
夜は謝恩会というか、卒業パーティ。最近は写真撮影会といった方が適切だろうか。教員は「思い出の一コマ」の背景の一部に徹する。一時期、こうした会は欠席していたが、ここ3年は、連続して出席している。「お酌に来んのが、おせーんだよ」などと悪態をつき、こっちもデジカメでバシャバシャ撮りまくっている。
130名ほどの卒業生のうち、来たのは半分くらいだろうか。幹事はうまくやっても褒められことがなく、下手をうつと憎まれ役にもなりかねなく、大変、頭が下がるが、こうした行事も曲がり角を迎えているのかも。
とはいうものの、何人かの学生が個人的に卒業や留年の挨拶に来た。中にはワインなどを持って謝意を伝えに来た学生もいた。プレゼント云々ではなく、こうした挨拶は凄く嬉しい。