Archive for 2006年9月25日

韓日大学共同セミナーin釜山(6)

帰国の朝だ。女子学生の部屋には、韓国人学生も泊まったようで、彼女ら2名と空港に向かう。空港に着くと10名ほどの韓国人学生が見送りに来ていた。日本人学生と別れがたく、抱き合い、がっちりと握手している。誰が配ったのか判らないが、革製のミサンガを全員が手にしており、日韓の友情を確かめあうように、互いに結びあっている。日本側からは、見送りに来てくれた学生全員に似顔絵とメッセージの紙が手渡されていた。思わずもらい泣きしそうになるが、一応、引率の僕は、潮時を見計らう役割。みんなにジュースをおごって、文字通り「水を差して」ゲートに向かうように促す。
学生を韓国に連れて行った3年目。毎年見られる感動的な光景だ。僕らの世代は日韓というと、肩肘張ってしまうが、こうした感動的な光景を、さらにとやってのけてしまう彼女ら/彼らが羨ましい気もする。釜山という韓国の地方都市の暖かい人情のなせるわざなのかもしれない。ウチの学生が前期、留学生として来た彼女ら/彼らと築いてきた友情ゆえかもしれない。いずれにせよ、来年以降も、この交流は続けていきたい。そして、言葉の面でいつも甘えてしまっている我々が、今度は堂々とハングルを使い、彼女ら/彼らの土俵に入っていきたいとも思う。
学生の感想をいくつかあげてみると、「チマチョゴリを着たり(写真)、家庭料理をいただいたりと、とても貴重な体験ができました」「外国って少しの間行くだけでも帰国後の感覚に色々と影響があるもんだ」「国を越えて大切な友人ができました」「色々な人のおかげでたくさんの思い出を作ることができました」など、再会を喜び、新たな出会いに感動し、日韓の友情を大きく育むこととなった数日間であった。

韓日大学共同セミナーin釜山(5)

本日も自由行動、学生は12時にホテルに集合して遊びに行ったようだ。僕は別のホテル(グランドホテル)のプールと温泉につかり、のんびり。この一年で日本でも岩盤浴がメジャーになったが、ここには前からあった。もちろん、石の上に寝るだけで金は取られない。無料だ。他にも酸素の部屋とか、水晶の部屋とかでくつろげる。
夜は早めに新羅亭のトッカルビに挑戦。まぁ、カルビのツクネだが、おかずが20種類以上出て、嬉しかった。いっぺんに出すのではなく、順繰りに出してほしいなという気はした。トッカルビ2枚に、ビールと焼酎各1本で、3人で37,000ウォン(約4000円)だから、安い。安いのか?
学生は僕がウツラウツラし始めた10時頃戻ってきた。男子学生と、いろいろとお世話してくれた韓国人学生と近所のハルメクッパにソゴギターロクッパを食べに出る。アルコールはなし。今年は昨年の1/3くらいの酒量だ。

韓日大学共同セミナーin釜山(4)

明け方、というか夜中の3時か4時ごろ、廊下がうるさくて目が覚める。ウチの学生が騒いでいるんだったら、叱ってやろうとのぞいてみると、デカイ背中が目に入った。ウーン、、、どうも立命館の学生の部屋に東西の学生が遊びにきているみたいだ。
朝日が昇るころ、外の空気を吸いに散歩。すれ違いざまに慶應の学生と会う。散歩かと思いきや、朝帰りだという。豪快よのぉ。
やや食べ過ぎなので朝はジュースだけにする。パラゴンホテルに泊まっている学生を順繰りに見送る。まずは8:30にアンドンという民族村に仮面劇などを見に行く立命館。8:50に一人を除いてヘウンデに行く大正大学。9:00に帰国する慶應。「遠足は家に着くまでが遠足です」みたいなことを述べる。
この間、宿泊して面倒を見てくれた東西の学生にお礼を述べて、別れの儀式はオシマイ。大正の学生を追いかけるように、僕もヘウンデへ。
途中、ソミョンでお土産などを見て食事をする。ヘウンデでは、学生は自由行動なので、僕は海辺で待機。泳いでいる人がいるが、全員、白人だ。奴らは丈夫だなぁと海に入ってみると、意外に暖かい。んじゃぁということで、僕も海へ。遠浅で、綺麗な砂だ。30分ほど波と格闘して、ホテルに戻る。

夜は大正と大正に留学していた学生計30名ほどで宴会。海鮮系の飲み屋でタイやヒラメを食する。アラで作るスープは日本人向きに辛さ控えめにしてもらったところ、韓国人学生はほとんど手をつけなかった。
この間、ずーっとそうだったのだが、僕の酒量は、昨年の1/3ほどではないかと思う。だが、学生は何人か気分が悪くなった者が出て、お開き。その後で浜辺で車座になって、お話。寒くなったのでホテルに戻り、酒抜きで(正確に言うと発泡酒を少々)お話。何人か帰らない学生を心配するが、まぁ、その辺はご愛嬌で。1時に全員の帰還を確かめ、有名なハルメクッパに夜食を食べに出る。酒を飲んでいれば、肝臓をいたわるために血塊入りのソンジクッパを食するのだが、酔いも覚めていたのでソゴギクッパにする。一年ぶりだ。美味しい!

韓日大学共同セミナーin釜山(3)

学生がホームステイに行っているので、教員は待機。ソミョンに出かけてデジクッパを食べて、買い物など。幸いなことに携帯は一度も鳴らず、学生は無事なようだ。
夜は打ち上げ。今年は「イッキ」厳禁を申し合わせ、僕も自粛気味に飲む。100名を超える日韓の学生たちは盛り上がっている。途中、慶應・立命館・東西の学生がお酌に来る。
宴会がお開きになったのは8時半頃。学生は二次会に、教員はビールを飲みに出たが、僕は二次会は遠慮して学生の宿舎であるパラゴンホテルへ。ホテルのロビーにいると気分が悪くなった学生や体調を崩した学生が帰ってくる。そうだよね。疲れているんだよね。隣の国とはいえ、慣れない土地で、慣れない食事で、聞くところによると3、4日目が疲労のピークになるそうな。
9時半ごろ、ウチの学生がぞろぞろ帰ってくる。ちょっと早いんじゃないかと思ったけど、無事にでなにより。送ってきてくれた東西の学生と夜食を食べに行く。

韓日大学共同セミナーin釜山(2)

慶應と立命館の先生とデンジャンチゲ(辛味噌汁定食)を食す。身体が韓国仕様になるのが判る。
9:40から東西大学日本センターの入所式。急きょ僕が答辞を述べることに。遠慮すると、すでにプログラムに名前が刷られている。観念して「友情と学問の2日間にしよう」と檄を飛ばす。
学生が学内見学をしている最中、東西大・立命館・中国の大学とのネットを使った三点遠隔講義の試験に立ち会う。立命館の学部長と中国の先生にネットTVを使って挨拶をする。僕らが興味を示したせいか、このシステムのカメラとソフトいただくことになった。「これでいつでも東西大学の講義ができるね」と言われ、ハッと我に返り、真意を理解する。
このシステムを開発した図書館長さんと昼食。日式で刺身(大トロ、ホヤ、××に似た海綿状の生物)や赤飯の寿司を食する。たいてい海外で食べる日本食は高い割にはおいしくないのだが、ここの料理は、とても美味しかった。夜でな(く飲酒できな)いのが残念だった。

13:00からメインのセミナー。テーマは韓日の人間関係。韓国からは東西に加えて釜山大学と釜山外国語大学が参加。学部生の発表とは思えない、ある意味とても学術的な発表だった。直前にあった、いくつかの学会のやる気のなり「ちょっと、こんなん調べてみました」的な発表より、ずっと示唆的かつ意義深い発表だった。祭礼ブーム、近代文学、古代遺跡、体育会気質(大正大学からの出し物=リンクは(1)(2)(3)(4))、本音と建て前、親孝行ビジネスなど、切り口は様々だが、基本的には個人主義と儒教的な集団主義との相克が大きな焦点となっていたと見ていい。
個人的には大正大学の発表に対して、質問が多く寄せられ、また総評でも、他大学教員から「最も優れていた」とコメントいただいたのが、もの凄く嬉しかった。実際、発表のために6、7回は書き直して仕上がった作品だ。
質疑応答も積極的で、また学生からの講評も正鵠を得ていた。大正大学の学生も3名質問に立ち、僕は大満足。教員の総評は不必要だったかも。
17:00から学生はホームステイに。教員はさきほどの遠隔講義の続き。夜は今後のセミナーの展開をめぐって議論しつつ日本センター所長と会食。ロース肉を腹一杯いただき、冷麺で〆る。

韓日大学共同セミナーin釜山(1)

今年で3年目になる釜山の東西大学校で開催される韓日大学共同セミナーに学生13名を連れて出席。例年と違う点は、
(1)ゼミの学生の出席が少なく他学科生も出席。
(2)事前にかなり濃密な韓日学生間の交流あり。
(3)愛知学院の不参加。
(2)は、東西大学からの留学生のサポーター制度ができ、今回の出席者は、それを経験した学生がほとんどであるからだ。ゼミ生が少ない点も含めて、どう展開するのか楽しみ。
僕としては18日深夜に仙台から戻り、次の日は発表担当の学生、渡航担当の学生との最終的な確認メールを交換したり、資料やお土産を整えたり、関係者と連絡をとったりと大忙し。不眠不休で20日を迎え、成田へ。
米国航空会社なので、3時間前に来いということで、15時(出発は18:20)に成田に着く。よっぽど込んでいると思いきや、空いている。かなり拍子抜けしたよ、、、
お土産を購入したり、引率教員のいない他大学の参加学生の保険をチェックしたり、ネットでメールを確認したりと、時間は過ぎて、機内へ。
これも驚くほど、簡単手続きで、ガッカリ。いろいろとボディチェックとかしてほしかったなぁ。コンタクトレンズの保存液を調べられたりとか期待してたのにな。
で、いつものように40分ほどダラダラと滑走路を走り、ノースウェストは一路釜山に。機内ではアルコール類が有料になっていたので、試しに購入してみる。CAにもの凄く迷惑そうな顔をされる。ちなみに350mlの缶ビールが5ドル=500円=5,000ウォン。
釜山では東西大学日本センターのYさんのお出迎えに感謝。学生を宿であるササンのパラゴンホテルに連れて行き、デジクッパの店をガイダンスし、僕は東西大学に。途中、今回参加の慶應と立命館の教員が近くで食事をしているというので、そこで直行する。
なんとサバティカルで日本から来ているK先生も一緒ではないか。まずは無事到着と再会の祝杯をあげる。

日本宗教学会(3)

18日は発表。午前中に発表の最終確認を行い、午後は司会。この学会は質疑応答が5分と短いので、発表の要約(「ただいまの発表は〜」とか)も社交辞令(「本当に素晴らしい発表だったと思います」とか)を排し、できるだけ活発な質疑応答に心がける。途中、学会初発表の院生に助け船を出したりする。
で、終わりから3番目が僕の発表。「心のノート」の生命観を、従来の道徳副読本との対比から明らかにし、宗教研究上の課題を設定するもの。引用させていただいた先生や、スピ関連の大御所もお越しで、汗をかきかき、意外に緊張する。質問は好意的なものばかりで助かった。
終わった後、大御所の先生方数名と、今後の研究について意見交換をして、実りある一時を過ごす。研究助成の申請などにも助言をいただく。
帰りは、誰かと一杯やるつもりで、遅めの新幹線を予約していたが、何となく駅まで来てしまった。見ると、ちょうどいい時間の早めの新幹線の空席が残り僅か。聞くと一席だけ残っているというので、それに変更。急いで寿司横町でカワハギやブドウエビなどを食し、ビールと日本酒を飲む。で、ホヤの干物と日本酒を購入して新幹線に飛び乗る。大宮で降りるはずなのに、東京駅まで寝過ごし、地元でマッサージをしてもらい、12時過ぎに帰宅。40時間後には釜山に向けて出発だ。

日本宗教学会(2)

17日は朝から発表を聞き、午後はスピリチュアリティ関連のセッションに出席。発表者は全員女性で、なおかつ初見の方々。謹んでコメントなど述べさせていただき、名刺交換。コーディネータの先生に聞くと、スピや終末期医療を掲げて講義をすると、7割が女性だそうな。
夜は懇親会。この懇親会が、また充実していた。ひどいときになると30分で料理が尽きることが多いのだが、最後まで刺身も、牛タンも、芋煮も、寿司も残っていた。二次会は国分町の地雷也。実は昨日も一心の帰りに、ばったりと院生と会って下見をしていた。さらに言うと、ホテルの温泉で天理の友と再会し、湯上がりにビールなどを飲んだ。
さて、地雷也であるが、鯨を中心とした刺身盛り、きんきの炭火焼き、ほやなどを食し、麦トロで〆る。酒はオリジナルを中心として、種類こそ少ないが、これまた飲みやすく、ぐいぐい飲んだ。
翌日は発表なので、ここでお開き。だが、温泉で今度は八王子の友と出会う。天理の友も含め、2時近くまでビールを飲む。

日本宗教学会(1)

9月16日から18日まで東北大学で日本宗教学会が開催された。
僕にとっては初めての仙台泊である。一言で述べるなら、よく食べ、よく飲み、よく学んだ3日間であった。水も空気も素晴らしい。
16日は委員会があるので、早めに仙台入り。さらに17日の二次会の幹事を仰せつかっているので、場所の確認も含め、11時頃から1時間半ほど国分町をほっつき歩き、東北大学に向かう。途中、ラーメン国技館なるところに寄るが、ここはガッカリしただけ。ラーメンを食べるはずの昼食はキャンセル。
委員会の後は記念シンポジウム。司会も含め登壇者全員が名誉教授。大学院生に戻ったような気分になったり、新しい知見を得たりと、有意義であった。最近、別の発表で知ったコプト派の断食の模様などを知る。
夜は9人ほどで、エジプト帰りに院生を囲んでの飲み会。定禅寺通りにある「一心」なる店。突き出しにいきなりボタンエビが出るなど、刺身が充実していた。日本酒も美味しい。東京で仙台の酒というと一ノ蔵くらいしか思いつかないが、頼んだもの、だいたいがバランスのとれた良い酒だった。

麻原死刑確定特集(東京新聞)

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