Archive for 2006年11月11日

ゼミの同窓会

なぜか大崎のゲートシティ内のバリ料理店で開催された。久しぶりに会う学生たちは大きく、、、という訳でもなく、見た感じは相変わらずだった。
しかし仕事や恋愛の話を聞くと、成長したんだなという気がする。定番の「学生の時にもっと勉強しておけば」みたい話も出たが、興味深かったのは声の話。
「電話に出る声をもっと大きく」と職場で注意されるそうな。そうなんだよなぁ。学生の声って小さいというか、単なるボリュームの問題ではなく、人様に聞いてもらうっていう意識がないからね。そんなことを厳しく注意されるそうなんだな。
「今の学生に真剣に将来について考えてほしい」という声があったが、自分たちの世界の中で小さくハッピーにまとまっているうちは、外野の声は聞こえない。教師として何とかしなきゃという思いもあるが、、、

講義で苦悩

「講義で感動」の次の日にそれはおきた。
詳しくは述べ(たくも)ないが、自らの教育力不足を痛感した。
90分の講義で学生のグループ発表が5分で終わり、司会・コメント担当の学生は全員遅刻・欠席で、しかも何の準備もしてこなかったという、僕の教育史に残る「不祥事」を招来してしまった。考えてみると、ブログで日々の成果を発信しようと約束しておきながら、また、この講義は議論を何よりも重んじるといいながら、半分以上の学生がそれをしていない状況があった訳だから、いずれこうなることは予想できた。にもかかわらず、打つ手がなかったことが悔やまれる。そして、その中で献身的に講義に関わっていた学生が去っていったことが残念でならない。まさに断腸の思いだ。
1990年から教壇に立つようになって、最初はフツーの、つまり講義をして、「何か質問は?」みたいなことをやっていた。97、98年頃、ある学生の講義感想に「先生がやりたいような、先生=学生の交流より、隣に座っている名前も所属も知らない学生が、何を考えているのかに興味がある」と書いてきたことを契機に、学生主体の講義作りに大きく舵を切り、今日に至っている。ワークショップやエンカウンターの手法などを参考にし、初等教育の授業作りなどの本も随分読んだ。それなりの成果もあったはずだが、ここ2年ほどの行き詰りも感じている。今日の出来事は、それをはっきりと示している。
学生主体という僕の思いが、「自分なりに頑張っている」という独善性とレベル低下を生みだし、グループワークの重視が、責任放棄・転嫁や、みんなでやっているんだから責任が軽減されているという勘違いした雰囲気を醸成しているのは事実であろう。むろん、学生主体から教員主導に再転換をはかれば、うまくいくというものではない。学生主体と教員主導といった陳腐な二分法を乗り越える知恵が求められているのだろうが、、、、

講義で感動

最近、愚痴っぽくなっている中で、久々に感動した。
というのも、学生が2名来て、講義の中で触れたフェアトレードを調べているうちに、自分たちも何か行動したくなったという。
フェアトレードとは、児童労働や劣悪な環境下で労働者がこきつかわれて生み出された安価な製品ではなく、きんとした環境下の労働にちゃんとした賃金が支払われた製品を扱おう、買おうじゃないかという流通・運動のこと。
彼女たちは、これを調べていて、フェアトレードを知らなかったことを恥じ、居ても立ってもいられなくなったらしい。来週の発表で、行動計画を示し、再来週には、他の関連講義でもアッピールするという。
僕としては、こうした申し出が本当に嬉しかった。ちょうど他の先生と学生のセミナーを開こうと話し合っていたところでもある。予算もあり、こうした学生の動きを心から支援していきたい。

頭も悪く人情もない

クローズアップ現代をボーっと見ていたら、どっかで見たような作文。ある地方の(国立?)大学の学生の作文用紙だそうだ。
「どっかで見た」というは、僕の手元にも、平仮名ばかり、誤字だらけの作文がたくさん寄せられる。力がなく投げやりで、小学校生以下のものだ。
番組では国語力の低下と(携帯)メールの使用時間との関連を明らかにしていく。中学生レベルの作文執筆者の平均携帯時間は65分、大学生レベルは35分。携帯メールに関わることが長ければ長いほど、国語力は低下していくという。
「差異」という言葉を知らず、機械の運転マニュアルが理解できずに事故を起こした工場労働者が登場。この工場では中学生の漢字書取を課し、検定試験の結果を給料や昇進に反映させて、事故防止の対策にしているという。
番組では、脳生理学者などが登場。自筆はペンを持ち、紙のどの辺から書き出すかなど、脳全体を使うが、携帯メールは一部しか使わないらしい。つまり、携帯メールによって頭が悪くなっているということだ。
多分、そうなんだろうなと思いながら、数字で示されて感動した。番組では言及されなかったが、言葉を失うことは、その言葉の持つイメージや感情を失うことにも他ならない。
昔のように、頭は悪いが人情味があるということはなくなり、頭も悪く、人情もない、という人が増えていくということだ。

宴の後

日曜日も大学に。明日提出書類の仕上げを行う。
学祭後の後かたづけをやっている。学祭実行委員はメインステージの解体だ。ゴミを片づけたり、撤収やら、宴の後という感じだ。
帰りに娘が「アンズ飴」の割引券を児童館でもらったというので、学習院の学祭をのぞく。昔は学習院の真ん前に住んでいたので、かならず学祭や春に行われるオール学習院(大学主催の学祭)に行っていた。
学祭自体は5年ぶりくらいだが、相変わらずピラミッド校舎の脇が「のんべえ横町」と称され、500mlの生ビールが300円で売られ、屋台村と化している。焼きそば取り放題って、5年前もあったなぁ。
ビールと3杯、焼き鳥、餃子、おでんを食し、書類の続きがあるので、帰宅。

学祭中

2日〜4日と銀杏祭(大正大学学祭)だ。教員は「連休」と言っている人もいるが、なぜか僕は、打ち合わせと書類書きで連日出勤だ。
途中、学祭を見て回ると、昨年よりにぎやかみたいで、良かった。昨年の禁酒令(酒を売ってはいけない)は解除されたようだが、酒を飲んでいる学生は、いない。
ということで日本酒を2升をベンチにおいて振舞酒をする。
学祭実行委員が何か言ってくるかなと思ったが、お咎めはなし。学生や教職員が何人か集まってきて、また大学のネットニュースの取材もあって、まぁ、わずかながらも盛り上がりに貢献したと思う。
、、、、残念ななのは、日本酒を残し後を学生に託しつつ、仕事へ向かわねばならないことよ。

ラーメン二郎で気合いを

細かな、それでいて重要な仕事が山積みなので、どうも気が晴れない。本務校は学祭準備で休みだが、非常勤先では講義がまっている。こういう時に限って、VHSとDVDとパワポを使う三元講義だ。やはり細かいが重要なこと。気を抜いたんで、案の定、VHSを忘れて研究室に寄ってからの講義となった。
この後、会議も講義もないでんで、心おきなく二郎を食す。40分ほど並び、今回は最後の一滴・一筋まで美味しく食べさせてもらった。ただ、いつものように腹部周辺が重く、何度かトイレに行く羽目になったが、そんなことは二郎の前では関係ない。