Archive for 2008年10月9日

言わんでいいこと

ある研究仲間のH氏から来年の非常勤講師の依頼があり、そのメールに「ウチの学生は、押すと引かれてそのまま出てこないから、お手柔らかに」みたいなことが書かれていた。最初はフーンと思ったが、考えてみると、本務校を含め4つの大学に行っているが、H氏のところのみならず、どこの大学でも同じ傾向にあると思う。
で、今日、宗教研究では最もマスコミの露出が多く、かつ本学に出講いただいているS氏とワインを傾けたのだが、S氏は「おたくの学生、ほんといいよ、ほめといたよ」との言。さて僕が学生をほめたことって、、、あるだろうか。
相次ぐ二つのご意見を賜り、結構、かなーり反省を促された。ここ何年かは講義で、数年前までよくやった挑発的な物言い、価値観や信条の吐露を迫るような姿勢は控えめにしている。しかし、いつも「あ〜、、、言わんでいいことを言っちゃったな」と後悔することが多い。特に少人数で意見がでない場面やグループ活動で誰かがなんかしてくれるだろうみたいな雰囲気が支配的なった時に、そういう「言わんでいいこと」をポロリどころか、連発してしまう。例えば「自分の意見をも言えないと、社会に出て、ずーっと人の意見に従う人生が待っているんだぞ。そんな人生はつまらんわ」みたいな、、、(書いていて自己嫌悪に陥りそぅ)
H氏の「学生は押すと引かれてそのまま出てこない」、S氏の「学生をほめる」を肝に銘じることを、ここに宣言しておきたい。
(って、学生は、どうせ、このブログ見てないんだろうな、、、って、また言わんでいいことを!)

安丸良夫先生セミナー番外編

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のぞみの東京始発と京都からの終電で行って本当によかった。いろんな出会いや発見があった。
(1)まず国際日本研究センターが立派なのにびっくりした。中曽根内閣時に肝いりで作ったんだと記憶している。「国家が予算を傾けるたけありますね」と休憩時に言ったら、ある自称「左翼」の先生から「弓山君らしい発言だ」と言われた。僕は、どんなふうな評価をされているんだろう?
(2)いちおう世間では「右」に分類される構成員の方々と京都でビール(The Red)を飲んだ。なぜかずーっと左翼談議だった。「前進社は池袋からなくなったから、中核派はブクロ派とはいわない」とか「S先生はRG(エルゲー)じゃないかと思って訪ねたらノンセクトだった」とか「ニカラグアのコントラがどーした」とか、今時、こんな話をする連中っているんだろうか?
(3)飲んだといえば、京都駅の名店とり八(??)が見つからなかった。近鉄名店街にあるのだが、新幹線改札から、そこに行くことができなかったのだ。小綺麗になってなくなったのかと思って家に帰って調べたら、まだあるようだ。残念なことをした。
(4)法政時代の友人というか後輩というか、三階と六階の住人という関係のT氏と、20数年ぶりにばったり遭遇。さる方面で偉くなって、卒業後、アメリカにいって、本居宣長の研究者になっていたとは聞いていたが、京都で飲んだ連中は、彼の著作など、みんな知っているようだった。僕は知らなかったので不明を恥じた。
(5)O氏と新幹線内で宴会。飲んだ勢いで研究会で発題することを了承してしまう。その後、メールチェックを怠っていたら、いつのまにか研究会のメンバーに「楽しみにしています」と手ぐすね引いて待っているよというメールが続々ときていて「飲んだ上のことなので、なかったことにしてください」と言えなくなってしまった、、、

行者さん専用通路?

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國學院大學に行ったら正門に上のような張り紙が、、、
行者通路
もちろん、山岳修験研究者にして行者のN氏がいる大学だから、このような専用通路があっても不思議ではない。しかも「通路」は植え込みを踏み越え学内にある神社の裏方へ通じている。
で、よーく「行」の左となりを見ると、、、、である。
(ブログには、こういうネタがいいんだよと、最近誰かに言われた気がする)

安丸良夫先生セミナーに行く

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「安丸民衆宗教史の射程―主体性・全体性・両義性」が国際日本文化研究センターで開催された。別の会合の打ち合わせもあったので、のぞみの始発で行って、終電で帰ってきた。
安丸先生には特別の思いがある。宗教学を勉強し始めたときに、最初に読んだ宗教史に関す書物が『神々の明治維新』だった。『出口なお』には感動を覚えた。内在的理解というアプローチ法でも先生の影響は大きい。また先生には韓国で2回ほど企画講師をご一緒させていただいたこともある。その関係で大正大の韓国人留学生と「安丸先生と行く靖国神社・千鳥ヶ淵戦没者墓苑」というプログラムを開催したこともある。
セミナーでは、こうした、、、そう「民衆」とか、「内在的理解」とか、「新宗教」のことが話題になるかなと思ったが、ほとんで扱われなかった。こうしたテーマは狭い宗教学村の話題なのかもしれない。かつてソウルでの企画で、「民衆宗教の心直し」と「ニューエイジの心理統御は同じでは」と問うて、満座の席上で先生から否定された思い出がある(その後で褒められもした)。現代における民衆の所在など、セミナーでは話題にもならなかったが、安丸先生から学ばなければならないことが、まだまだたくさんある。先生のご健康を心より祈念したい。