Archive for 2009年5月29日

カッシー、つるのやだ

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週に2日も慶應に行っている。樫尾直樹准教授の代行を一年勤める。慶應での講義はかれこれ10年ほどになるが、慶應独特の「研究会」(ゼミ)という制度に身を置くと、いろんなものが見えてくる。堅い話はさておき、慶應の塾生御用達の店に「つるのや」という居酒屋がある。うるさいが良い雰囲気店で、「研究会」の旗が店内に飾られ、すごい賑わいだ。注文はほとんどおばちゃんとおじちゃんのいいなり。黄金(揚げ豚の甘酢餡かけ)、ニラもやし(かなり半生というか、フレッシュで、クサイ、否!香りが強い)、馬刺しなどが来る。「黄金」を知らない学生が、「つるのやにきて、黄金を知らないのか?」と、おじちゃんに指導をうけていた。ホッピーと玉の光を飲んで、この日も野暮用なので中座する。

アベよ、これが手取川純米吟醸生原酒だ

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卒業生が近所の飲み屋に集まっているという。「あんどん」だ。実はちょっと「あんどん」で不手際があって、1月半ほど足が遠のいていた。ちょうどいい機会なので、顔を出す。サヨとジュヨンとシイナ、遅れててんくも来たらしい。僕は野暮用があるんで、中座したが、帰り際にプレゼントをいただいた。酔鯨の純米大吟醸。ありがとう。心して飲むよ。

太楼ラーメン(広尾)

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広尾でランチだ。前から気になっていた商店街入口の太楼ラーメンで、太楼ラーメンを食す。勤務先の聖心の学生っぽいのが多く、けっこう待つが、ほんとんどの注文に「ぎょうしょう」なるコールが入っている。最初「魚醤」と聞こえ、そんな通っぽいものがあるのかと驚いたが、「餃子・小」(しかも無料券との交換)と判る。
太楼ラーメン自体は、それほど変哲のない甘辛挽肉入りラーメン。もうちょっと麺かスープにインパクトがあった方がいいな。挽肉は辛みが必要だ。どうも「塩」がいいらしい。今度は「塩」を頼むとするか。

東アジア宗教文化学会第2回国際会議

昨年、プサンで設立大会を開いた東アジア宗教文化学会が、8月16日・17日に第2回国際会議(大会テーマ「東アジアにおける宗教文化の移動と変容」)を北海道大学で開催します。募集要項は大会専用サイトにアップされています。応募が6月1日に迫っておりますが、事務局としては、ぜひ多くの参加者に集っていただきたいと思っています。

現代スピリチュアリティ文化の明暗

2008年の日本宗教学会第67回学術大会でパネル「現代スピリチュアリティ文化の解読」を主催し、そこで「現代スピリチュアリティ文化の明暗」という問題提起をしました。
弓山達也:現代スピリチュアリティ文化の明暗
樫尾直樹:スピリチュアリティの存在論的構造
渡辺光一:宗教対話実験と意識調査からみた日米スピリチュアリティの実情
安藤泰至:問いとしてのスピリチュアリティ
島薗進:コメンテータ

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頼近美津子さん

だいたい、いつも朝5時台に目が覚める。同僚のイデッチに言わせると「僕の寝る時間だ」そうだ。朝早いのは何の苦でもない。実は昔からだ。そしてそれは頼近美津子さんのお蔭である。
高校の頃、頼近さんのファンで、朝の7時のニュースが見逃せなかった。そのうちニュースが拡大版となって、6時台から彼女が出演するようにもなって、僕の早起きは加速した。好きだったなぁ。夜の「テレビ・ファソラシド」も見たなぁ。永六輔とタモリ、そして加賀美アナと頼近アナとの不思議な掛け合いで変わった番組だった。TV出演を拒み続けた井上陽水が出たこともあったけ?
頼近さんは、その後、民放に移ってなんだかパッとせず、寿退社後も、夫に先立たれ、時々、「あの人は」みたいな特集で、クラシックの司会などをされているのは知っていたが、、、ちなみに僕の早起きは、頼近さんが朝のニュースを担当しなくなった後も続いた。その辺の経緯はこっちまで。
今は頼近さんのご冥福を心よりお祈りします。

焼き鳥ことぶき

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名前は古風だが、オシャレな焼鳥屋。昼間はカレー屋である。
今年は聖心女子に行っていて、昼を広尾で過ごす。意外にラーメン屋が多くて迷っていたが、学生の薦めもあって、焼鳥屋でカレーを食す。カレーは500円で、ハヤシが600円。食べたのはカレー・ハヤシ合いがけ。ただ値段が650円。普通、500円と600円とを足して二で割ったら550円じゃないか?
味はカレーが美味しい。卓上にあるスパイス(液体)もいい。これはクセになりそうで、飽きるまで、ここで食べそう。当分、広尾ラーメン日誌はなし。夜の焼き鳥も美味しいんじゃないかと思う。

クラス会

 で、「20世紀少年」のあるシーンさながらのクラス会。30名ちょっとの生徒(もっといたような気がするのだが)のうち、14名が集まった。開催前、当時のあだ名で呼び合うのは抵抗あるなと思っていたが、なんてことはない、「ぅおぉぉぉ!、イガチン!」みたいなノリに、すぐになった。ちなみに僕は「ユミテン」。弓山の天麩羅という意味だそうで、要するに授業中うるさかったのだ。
35年ぶりに会っても、すぐに思い出せる顔、誰だか思い出せない顔など、女性は小学校高学年の時分は男子よりも大きかったので、今会うと、「昔は見上げるような感じだったのに」という気がした。男性は、もうちょっと老けこんだヤツが多いかな思ったが、意外にみんな健康そう。働き盛りという感じだ。僕も含め「先生」が3〜4名いたのが、そして女性が子育てが一段落したという安堵の言葉を口々に語っていたのが印象的だった。今だから言えること、先生へのお詫び、近況などを皆が報告した。
実務にたけたキヨが幹事長だったので、レジュメのような配布物が配られたり(打ち合わせの議事録も作成された)、名札を首からぶら下げたり、パワポのプレゼン(僕が担当)があったりと、何だが自分の職場の仕事のようで不思議な感じがしたが、参加者からは好評だったんで良かった。「毎年開催」みたいな声もあがったが、今度会うときはいつだろうか。

まるで「20世紀少年」のような

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そういや、何でクラス会になったというと、キヨがフミとクラス会でもって話になって、クラスのみんなをネットで検索したんだって。で、僕はmixiでヒットしたって訳。そこでヤジとヤヨとニシとウラに幹事になってもらって、いろいろと準備、、、
時代は1969年4月から1975年3月という小学校時代。アポロ、万博、よど号、あさま山荘、札幌五輪、超能力、オイルショック。と本当に「20世紀少年」だな、こりゃ。

35年ぶり

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土曜日に小学校時代のクラス会が開かれることとなり、僕は6年で転校したのだが、なぜか4年次のクラス会ということもあって(担任の先生のご退職)、出席することとなった。というか幹事で司会だ。アトラクションとして、当時の写真と現在の写真を比べることとなり、その取材で赤羽・神谷・東十条を歩く。1974年に引っ越したから35年ぶりだ。
よくある話だが、子どもの頃は広い道、大きな公園と思っていたところが、大人になって見ると実に小さいという不思議な感覚の中、3時間歩く。綺麗になった駅、町工場がマンションになっているなど、予想はしていたが、かなり街は変わっていた。稲田小学校も訪問。学年あたり1〜2クラスしかなく、しかも20名以下のクラスもあるという。一方、ゴチャゴチャした工場地帯や商店街、入り組んだ住宅地など、変わらない側面もあった。
驚いたのは小学校から中学にかけて通っていた剣道の道場。廃墟のようなガレージに古い防具が捨て置かれていて、呆然としていたら、偶然にそこにお世話になった剣道の先生が、、、僕のことは覚えていないようだったが、当時の同学年の所在などを少し話し、この愛すべき街を後にした。(写真は当時済んでいた会社の寮)