Archive for 2009年11月23日

ティモシー・リアリーが出たドラマ

時々、思い出すのだが、10年以上も前に普段見ないテレビドラマをふと見てしまい、そのストーリーと登場人物が忘れられない。物語は米国のハイスークルの生徒会選挙で、主人公だか主人公の友達(女)が立候補するが、苦戦する。どうやら家族構成に難ありということだったような気がする。オヤジがベトナム帰りのバツイチで兄貴がアル中みたいな設定。
90年代後半にNHKで放映されたのだが、よくこんな設定のホームドラマをNHKで流すな、しかし米国ではここまでリアルなのかななどと思っていた。ぼーっと見ていたら、最後に、「では本日のコメントをティモシー・リアリー先生にお願いします」とドラマ中のコメントなのか、ドラマに対するコメントなのか思い出せないが(たぶんワザと曖昧にしていたようなシュールさ)、ティモシー・リアリーなる人物が出てきて、短いコメントをしていた。
あの60年代ハーバード大学でドラック伝道師と名高く、ジョン&ヨーコの公開ベットインにも関わったティモシー・リアリー(写真中央)が、90年代の子ども向けのドラマに登場?
最後のキャストを見ると、ティモシー・リアリー=本人となっていて、こりゃホンモンなんだわと驚いた。しかし、その後、そのドラマのタイトルも忘れ、ティモシー・リアリーの経歴をいくつか調べたが、そうしたドラマに晩年(1996年に他界)出演したという記録は見つからなかった。
今日、ひょんなことからドラマの名前を思い出し、検索したら、あるではないか、ティモシー・リアリー!
忘れないように書き留めておこう。
■海外ドラマ「ブロッサム」
(アメリカ作品1991年〜1995年/NHK教育(月曜日)午後6:25-6:50 1995/04/03-1997/06/30)
・第47話 生徒会長選挙
・1996/03/04(048. [3.10] “The Making of the President” 1992/11/09)
・出演
(略)
ティモシー・リアリー(本人 千葉耕市)
(以下略)

給食・学食

gooのランキングで「もう一度食べてみたい給食のメニューランキング」というのをやっている。かつて「給食のオニ」と呼ばれ、早食い・大食いには自信のあった僕としては興味深い(「給食の帝王」というのが別にいた)。とっていもやっぱ一位はあれか、、、あまりにも凡庸なランキングなので、学食ネタを一つ。
大学に入って最初に食べたのは「かつ丼」だった。実は生まれて初めて、食べた。もちろん「かつ丼」の存在は知っていたが、外食嫌いの母の教えや、揚げ物は揚げ物として食べるという、これまた母の誡めもあって、触れる機会がなかったのだ。で、一口食べて、なんて美味しいんだろうと思った。1982年春、330円だった。こんな調子で学食で初めて口にするものは結構あった。カツカレー、天丼なんかもそうかな。その場で卵でとじるかつ丼やその場で揚げるカツが贅沢だった。
当時行ってた大学には、いくつかの学食があって、安めの第一食堂は「プロ食」(プロレタリア食堂)、寿司とか、上記の揚げたての定食を供する第二食堂は「ブル食」(ブルジョア食堂)、代々木系の民主青年同盟の諸君が活動してた62年館食堂は「スタ食」(スターリニズム食堂)、逆に同盟員は反代々木系の学生が集う学生会館の喫茶を「トロ食」(トロツキスト食堂)と呼んでいたとか、、、(一部、脚色あり)

4大学3講義3打合せ2往復

「月曜日は3つの大学で講義をやっている」というと、「凄いですね」「大変ですね」と、たいてい褒められたり憐れんでもらえたりする。実は結構ラクなのだ。それは3つの大学が三田・広尾・渋谷と近接していて、三田から広尾はバスで10分以内(歩いても20〜30分)、広尾と渋谷は徒歩10以内、しかも講義は1限・3限・6限と間隔があいていて、移動にも、昼食にも、たっぷりと時間がかけられるからだ。三田でコンビニ立ち読み、広尾でランチが行動パターンだ。
ただし終日行動なので、これまで月曜日は本務校の用事を全て断ってきた。しかし本日は午前と午後の重要な打合せ。どうしても僕の出席でなければならない。ということで以下の行動となった。
7:30自宅出発→8:30三田到着(9:00-10:30講義)10:30三田発→11:10西巣鴨着(11:15-12:15打合せ2つ)12:15西巣鴨発→13:00広尾着(13:30-15:00講義)15:00広尾発→15:45西巣鴨着(15:50-16:15打合せ)16:15西巣鴨発→17:05渋谷着(17:50-19:20講義)→帰宅
やればできるんですね。可能性が広がった感じさえする。昔、京都始発で大学の1限目の講義に間に合った時に感慨に似ている。打合せの部署の課長さんから「弓山先生、今度から月曜日もオッケーなんですね」という確認までいただいた。

「自分の頭で考える」だそうだ

昨晩から卒論指導について、思いをめぐらせている。今年度は本務校の担当は実質ゼロだが(昨年は17名! 僕の卒論指導人数は隔年で大きく増減する)、他校であずかりの学生がいるので、手を抜けない。流儀も異なるので、その辺から詰めていかねばならない。
そんな中、NHKの朝のニュースで外山滋比古『思考の整理学』の特集をやっていた。整理が得意ではない自分としては耳が痛いので、テレビを消そうと思ったが、つい見てしまった。そして卒論を書くうえで極めて示唆的な話だった(研究者にとっては、似たようなことは誰もがやっていると思うが)。
彼は50年間、定期を買って皇居周辺を2時間散歩しているそうだ。そこでメモを書き、家に帰り、メタノートと呼ばれるノートに書き写し、、、ということをやっているらしい。テレビ画面に映し出されたノートには「研究」何とかと書かれていた。つまり常に研究や論文のことを考えているのだ。しかも1日2時間はそれに集中している。インタビューで彼はこう言ってもした。
「本を読んでもメモをとっても、本の通りなんですね。でも一ヶ月もすると忘れてしまう。そこでメモを見て、本のことを書こうとすると、自分の解釈が出てくる。熟成されてくる。」
けだし名言である。
調査でも、文献でも、終わった直後は人の話や本の受け売りで終わってしまう。卒論でいえば、「こんなん見てきました、聞いてきました」とか、「本に、論文にこんなん書いてありましたんでまとめました」という感じで、多くの卒論はそんもんで、それは論文ではない。ところが1ヶ月それについて思考を持続すると(彼は毎日散歩しつつ、それをしている)、だんだん熟成してきて、自分の言葉で語れる=自分の考えが出てくる。戸山先生は「発酵してくる」とか「熟成してくる」と言っていた。凄くよく判る。「もうちょっと、その案をもんでみて」なんて表現もよく職場では使うね。白菜にタレ揉み込み、キムチを熟成させる感じかな。元に戻って、逆に言うと、思考を持続させないと、言葉を熟成させないと、自分の言葉にならない。
卒論指導のメールで昨晩、僕は「四六時中、風呂に入っても、卒論を意識しろ」「考察部・結論部は、考える力が問われる」「数百字を書くのに1週間」「数日休んだら、元の「論文モード」に戻るまで数日かかる」と書き送ったのだが、戸山先生の話は、そういうことであろう。特集のテーマは「自分の頭で考える」で、これは何も卒論や研究だけのことではない、プラクティカルな知恵だと思う。
さぁ、僕も原稿書くか、、、(その前に『思考の整理学』買わなきゃ)

アートミーツケア学会に出る(予告)

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アートミーツケア学会というのがあって、12月5日・6日に慶應義塾大学三田キャンパスおよび周辺地域で年次大会が開催される。僕は下記の分科会で喋ることとなった。実は昨年度、同様の企画を大正大で行おうとしたが、日程調整で失敗。その際に声をかけたのが、慶應と一橋だった。今回は逆に慶應側からお声かけしていただいた。
大学が関わる地域拠点(カフェとか、居場所作りとか)については、よく報道されるが、横の連携や情報交換は少ないのではないかと思う。そのような中で多くの試みが頓挫したり、消えてしまったりしているのを知った。その意味で、この企画は極めて重要な意義を有しているといえよう。
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A 大学地域連携によるコミュニティの居場所
会場:芝の家
「場づくり」を通して多世代多文化の交流を育む、大学と地域の新しい連携のかたち。「ソノツギ」、「大正さろん」、「芝の家」で、コミュニティと大学がシームレスにつながりゆく現場のいろいろを考えます。
○発表者(予定)
陣内雄次(宇都宮大学教授&コミュニティカフェ「ソノツギ」スタッフ)
弓山達也(大正大学教授)
山本綾(大正さろんスタッフ)
「芝の家」スタッフ、他
○コーディネーター
坂倉杏介(慶應義塾大学教養研究センター講師)

相次いでOBOG会

慶應(10/30)と大正(11/3)で相次いでOBOG会が開催された。慶應は担当しているゼミの文字通りOBOG会、大正は主任をつとめている副専攻の主催のホームカミングテー的なイベントに急きょ在校生も巻き込んでOBOG会的性格を付与した会である。OBOG会といっても、どうしても卒業生同士の同窓会になってしまうが、就活を考えると、3年生が就活を開始する、この時期に自分の大学・ゼミの卒業生とざっくばらんに話をできるのは貴重な機会である。
新入生にも、卒業生にも、「同窓会なんかを楽しみにして後ろ向きになるな。前を向け」と檄を飛ばすのを常としている手前、学生の同窓会には出席しづらい。しかし、「1億円のマンションを2つ売りました」とか、「日産の車、7台売りました」とか、「40日間の有給休暇を貰ったので世界一周の旅にでます」とかと聞くと、悪い気はしない(むしろ嬉しい)。