Archive for 2010年5月21日

花まつりを終えて

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5月19日〜21日(旧暦4月8日)に花まつりを、院生・学生・大正さろんの利用者の皆さんとともにやらせていただいた。一見、例年と同じ花まつりだったようだが、今回は講義の一環として位置づけられた。講義の一環というのだから、何らかの学術性がなければならないのだが、一言で言うと、宗教研究の可能性を花まつりの実施を通して考えてみたかった。
宗教研究では「宗教の社会貢献」がホットな話題なのだが、僕は何となく違和感が否めない。それは宗教研究者の社会的責任とか、社会への関わり抜きに、どうしてそんな研究ができるんだろうという違和感である。もちろん研究者と対象とのデタッチメントが、ある種の客観性を保証するのだが、自らの関わりを捨象して、対象の社会貢献といった社会への関わりを問うということに疑問を感じる。
今回、私たちは研究者と参加者の間を行き来し、自らの関わりをも対象化しつつ、場を観察し、その場で検討を進めることを試みた。それは対象の傍らに腰を下ろせば対象と同じなれるという参与観察の楽観とも違うし、当事者性のブラックボックス(判るヤツには判る)に逃げ込む内在的理解とも異なる、研究の知見を対象(被観察者)に開いていくことによって獲得される「確からしさ」を模索する試みであったと総括できよう。今後、その「確からしさ」にどう学術性を与えるのか、方法論的検討、アセスメントシートの作成、アクションリサーチの吟味などが求められるに違いない。

留学生との交流会

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大学で留学生の支援を担当している。本学はアジアからの留学生が多いのだが、どうしても国ごと、大学ごとで固まってしまう。そこで大正さろんを活用して交流会を開催。正確に言うと、こういうことに興味を持つ日本人学生(チュータ)が発案し、僕は便宜をはかった。内容はお好み焼き試食会。試食というには、お腹がいっぱいになるほどの量であった。
次回は日本人の学生ゲーム、その後は韓国人の学生ゲーム、そしてチヂミ試食会となる。

大正大学が支援するNPO法人「大正さろん」で学生が“花まつり”を開催

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時間がないので大学プレスセンターの記事を一部コピペ。全文はこちら
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5月21日は旧暦の4月8日にあたり、お釈迦様の誕生日である。帝釈天が天界から降りてきて祝福し、龍が甘露の香水を潅いだといわれることから、今回の花まつりでも甘茶供養が実施される。また、期間中15時より、僧籍を持つ大正大学の大学院生によって法要が営まれる。
宗教の社会貢献に心寄せる学生・院生と、「市民と宗教界をつなぐことが宗教研究の課題の一つ」と教室から街へ出て講義を展開する弓山達也教授が、「大正さろん」を舞台に研究を展開。宗教を客観的に分析するのではなく、自らが対象である宗教と関わりつつ研究する場として、僧籍を有する院生6名を中心に、市民と協働し“花まつり”を開催。地域や社会に貢献する実践や働きかけをもって、現代人の宗教観や現代人にとって宗教とは何かを研究する方法を模索している。

最近、食べているラーメン

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中本の池袋店が午前2時まで営業時間を延長した。12過ぎて行くと、すんなりと入店できてしまう。
で、食べているのが、これ。五目蒙古タンメン。蒙古タンメン(☆5)より星一つ辛く、味噌卵麺(☆8)より星2つ少ない。僕にとってはちょうどいい辛さ。ただ飲んで食べることがほとんどなので、スープを残してしまうのが無念。
そういえばこの間の水曜日の11時頃、五目蒙古タンメンを食べたのだが、ぱっと見、なんかいつもと違う。油膜がドンブリ全体を覆っていた。しらふで食べるのが久しぶりなので、勘違いなのかなと思って食べたら、やっぱ味が違う(麺がラー油味)。茶碗を出して貰ってラー油をすくいだしたら、簡単に茶碗1/3も油が採取できた。証拠に写真をとっておこうと思ったけど、隣で北極大盛+野菜増しの人がもの凄い勢いで麺をすすっているんで、そんな小さなことはどうでもよくなった、、、(写真は別の日の五目蒙古タンメン)

宗教研究の社会貢献

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院生・学部生と「花まつり」(お釈迦様の誕生祭)を開催することとなった。4月8日が、その日だが、旧暦でやらせてもらう。場所は大正さろん。
宗教研究で「宗教の社会貢献」がホットな話題であるが、僕の講義は「宗教研究の社会貢献」。つまり宗教が社会貢献しているのを研究するのではなく、研究者自らが宗教者・市民と一緒になって社会貢献しつつ研究を進めるというもの。幸いなことに、この講義に大学の設立宗派である天台宗、真言宗豊山派・智山派、浄土宗の僧籍を持つ院生が6名受講している。彼らには宗教者であり研究者という二重性を生きていただくことになるのだが、ノンセクトも研究者であり、花まつりを享受する市民とい二重性をもって、この企画に臨んでもらう。
「大それたことを」という躊躇や批判の声が聞こえてきそうだが、「宗教界と市民をつなぐのが宗教研究の課題の一つ」という最近の僕のスローガンの実践の場を皆と一緒に創っていきたい。

週11コマ

昨年の前期14コマ担当して音を上げた日記を書き、「来年は8コマにする」と誓ったが、11コマである。一部、「あれ、このコマ持つんだっけ?」とか、巡り合わせで回ってきたコマなどがあるが、昨年の14コマに比べれば、楽ちん楽ちん。後期は9と1/3コマだ(1/3とは1コマを3人でやる意)。
ただ月曜日は昨年の3コマから1コマ増の4コマ。2限・4限・6限・7限で、しかも最後の7限が80名を超える講義科目で、なおかつ「世界宗教」という今まで担当したことのない、知識を伝えるという苦手科目でもある。しかしこの「知識を伝える」という科目をどう楽しく、実りあるものにするかと工夫していくのは楽しい。そのうちその成果については、報告しよう。

「第9地区」を観た

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「第9地区」を観てきた。池袋のシネマロサ。前に映画館の前を通った時に見たポスターと、池袋西口のロサ会館裏の雰囲気とがぴったりマッチしていて気になっていた。ヨハネスブルクというロケ地や何かチャッチィ円盤の特撮(CG以前)から、ソ連映画「不思議惑星キン・ザ・ザ」とか、北朝鮮映画「プルガサリ」を勝手に連想していた。
映画はエイリアン化していくエイリアン立ち退き業務従事者とエイリアンとの交流を描いたもの。そこに悪徳企業やギャング一味が加わる。まぁ、エイリアンとロボコップを足して二で割った感じだが、スピード感とロケ地(アパルトヘイト)のゴミゴミした雰囲気と妙に水っぽい(?)殺戮シーン に、、、、全く、そういうものを期待していなかたっただけに驚いた。ピーター・ジャクソンが制作というところで、もっと早く気づくべきだった。ドキュメンタリー仕立ても、突き放した映像作りに一役買っている。 けっこうオススメ。

「オフサイド・ガールズ」を観た

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劇場映画を見せながら宗教について考える講義をしてみようと、ちょっと悩んでいる。
イスラムをどうしようかと思いつつ観たのが、これ。宣伝では「今、この少女(?)たちから目が離せない」みたいな、青春映画のノリだったが、なかなかどうして野太い社会派作品だった。ストーリーはいたって単純で、女性のサッカー観戦を禁じているイランで、ワールドカップ出場をかけた一戦で逮捕された6名の女性と監視の兵士の話。舞台のほとんどはサッカー競技場に設えられた10メートル四方の拘留スペースとその周辺、そしてトイレとバス。青空拘留だから密室ではないが、密室劇といっていい。挿入曲も効果音もなく、ドキュメンタリー手法をとっている。
イスラムを知るにふさわしいかどうかは疑問だが、現代イランを知る上では興味深い作品というか、映画としても、とても佳いものを観たという実感。素人を起用するなど、リアリズムが追求され、さすがベルリン映画祭銀熊賞(審査員特別賞)作品!

シンポ:学校教育で、思いやり感は育めるか?

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いのち教育シンポジウム:学校教育で、思いやり感は育めるか?
未来を担う若い世代に関する問題は、時の流れと共に移り変わる。古今東西に共通することでもあるが、昨今のわが国の焦点は「感情を上手く言葉で表現できないためキレやすく、暴力にいたる傾向、思いやり感の未熟さ」である。
その問題群として、「学校教育での思いやり感の育成」に焦点を当て、市民と共に考えるシンポジウムを開催する。哲学、宗教学、教育学の各専門分野の代表者による様々な視点からの提言を行い、それらの提言を受け、市民、学生、教員の参加者と共に意見を交わし、大人世代・教育関係者の責任として次世代育成について考えることを目的とする。
・日時:平成22年6月24日(木)18:00〜20:00
・場所:上越教育大学 講堂
・シンポジスト
  カール・ベッカー氏(京都大学こころの未来研究センター教授)
  岩田文昭氏(大阪教育大学教授)
  弓山達也(大正大学教授)
・座長:得丸定子(上越教育大学教授)