Archive for 2010年6月27日

光州・調査旅行

韓日次世代フォーラムに行ってみようと思ったきっかけは開催地にあった。全羅道は食が豊かということも聞いていたが、やはり「光州」であろう。
日本では「光州事件」であるが、向こうでは「光州抗争」というらしい。1980年5月18日から10日間くらいのことである。前年に朴正煕大統領が暗殺され、民主化の機運が高まったものの、全斗煥による軍事クーデターが起き、民主化が圧殺されていく。当時、僕は高校3年生であったが、大学3年生の夏に大統領となった全斗煥が来日し、大学内外では抗議行動が行われた。その時の思い出はブログの別記事に譲るが、そんな経験もあって光州に一度行ってみたいと思っていた(なかなか一人で行けるところではないということも今回わかった)。
フォーラムの調査旅行では、5・18の犠牲者が最初に悲劇を隠蔽するかのように清掃車で運び込まれたという旧墓地(望月洞墓地=写真上)から、この事件で死刑判決を受けたものの、やがて大統領となる金大中によって建設されたメモリアル墓地(国立5・18墓地=写真中)をまわり、全南大学の先生(5・18の時は大学1年生で学生リーダーの防衛隊をつとめていたという巨漢の先生)・学生(5・18を語り継ぐNPOでボランティアをしているという)から詳細な説明を受けた。日本では、こうした民主化に関する記念碑なり、施設なりというとどこなのかなぁと思いつつ、答えがでないまま、記念館の見学を終えた。やはり国会周辺とか、三里塚になるのだろうか。
調査旅行は、日本に儒学を伝えたという王仁博士にまつわる施設を経て、木浦に着いた。本当に不勉強を恥じるのだが、木浦が日帝植民地時代の「朝鮮への玄関口」として栄えた港あることを知った。国策会社であり、今は日帝植民地時代の記録を展示する記念館となっている旧東洋拓殖株式会社を見学し、街のシンボルである儒達山を登山した。
韓国と日本との関わり、韓国と自分との関わりを再認識する調査旅行であった。翌日は5・18で民衆と軍が衝突した旧道庁広場に行ってみた。どんよりとした天気に鉄のフェンス(写真下)が、何やら自分の心象風景を映し出しているようでもあった

韓日次世代フォーラム

次世代だから、僕らの世代ではなく、院生が主役。僕は諮問教授という立場。それでも朝からきちんと部会に出て、ほぼ毎回、手を挙げて発言した。昼には諮問教授懇談会に出席し、さまざまな分野の先生とお近づきになった。専門が違う分野の方に、自分の専門について語るのは、なかなか難しいと改めて実感。連れていった院生2名は、違う部会の同じ時間帯の報告だったので、僕は2会場を行ったり来たり。質問もたくさん出て、ヨカッタ、ヨカッタ。
僕のゼミを出て、韓国で院生をやっているネギ君、アベ君にも再会した。2005年に大正に留学していたチョン君は、通訳士の資格を取得し、懇親会で通訳を立派にこなしていた。写真は懇親会で李元範教授と隣に座ったので記念撮影。

直江津から光州へ

上越教育大でのシンポジウムを終えて、韓国の光州に行く。本当は新潟空港から飛び立てば一番近いんだが、一日一便のフライトは、あっという間に満席になって予約できなかった。そこで直江津→越後湯沢→東京→浜松町→羽田→金浦→光州というルートをとった。成田でないのが、せめてもの救いである。
途中で院生と合流し、金浦空港で国際線から国内線に乗り換える時間を利用して、ソウルの街に出てみた。日本と同じ梅雨なので暑いが、カラッとしている。パッピンスという韓国のかき氷を食べる。日本の一人一碗ではなく、大盛をみんなでかきまぜて食べるのが韓流だ。男三人で2つのパッピンス(写真)をつついた。
光州についたのは夜の9時。直江津を出てから12時間が経過していた。地下鉄で街にでて、目当てのドジョウ汁の店が閉まっていたので、ブタを食べる。明日から日韓次世代フォーラム第7回学術大会だ。
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上越教育大でいのち教育セミナー

シンポジウム「学校教育で、思いやり感は育めるか?」に登壇した。300人以上は来場者があったが、座長の得丸先生、発題のベッカー先生、岩田先生という尊敬できる方々とのセッションだったので安心かつ気持ちよく話すことができた。
僕の主張は思いやり感を育むため、
(1)他者を受容できるカラダ作り(コンプレックスや劣等感などの払拭)からはじめ、
(2)地域から学ぶためのコミュニティスペースを活用し、
(3)伝統文化の活用―伝統的な叡智・実践・力をいかすというもの。
要は、ここ数年間の自分の教育実践を披瀝したのだが、けっこう淀みなく展開できた。今、懸案の原稿完成への弾みとしたい。
シンポジウム後、つれて行っていただいたレストランというか、正確には酒屋なのだが、明治期の酒屋を改造したアトリエのような空間で、素晴らしいディナーとワインをいただいた。のどぐろとエビのスープや牛スネが絶品で、それにあわせてワインも格別だった。しかしこの2階ぶち抜きで古い酒屋を収納した建物が何ともオシャレ。ロフトではピアノも弾けるみたい。これまた素晴らしい体験をさせていただいた。
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中本の10辛に挑戦

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蒙古タンメンで知られる中本には「冷し味噌ラーメン」という10辛メニューがある。蒙古タンメンなど5辛、北極ですら9辛であり、この10辛には「当店辛さNo.1、究極のメニュー。辛いけどとにかくうまい!この辛さにはまります」と記されている(公式サイトより)。
一度、挑戦して半分も食べられなかった記憶がある(飲んで食べたので、記憶が、、、)。ずーっとリベンジの機会をうかがっていたのだが、mixiの「$★Tsu-Good★$」さんより「半冷やし味噌スープ」というサイドメニューがあることをご教示いただいた。また辛さ0の冷やしラーメンとセットで注文するといいとのご示唆も頂戴した。
で、今日、立教の非常勤の帰りに食べてみた。結論から言うと、中本の可能性をぐっと広げる感じがした。10辛を、ちょっと食べたいというばあいや、自分で2種類のスープを混ぜて辛さを調節するなど、いろんな愉しみ方ができる。実際、中本って、「あ〜、、、味噌卵麺、一口食いてぇ」って思うことが多々ある。「$★Tsu-Good★$」さんより、どうもありがとう!

ゼミ飲み

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今日は、ゼミ飲み。会場は大正さろんで。
教育実習から帰ってきた2名の話を聞いたり、そのうちの一人が作る料理を堪能したり、慶應の某先生がゼミ生を連れて参戦したり、院生が生ハムとワインを持ってきたりと23時半ころまで賑やかだった。
次回は他の利用者さんをお招きしての会にしたいなと思っているが、、、、

決死の一週間

あまり詳しくは書けないけど、この一週間が正念場だ。
まず先月締切の学会誌の原稿を明日までに提出する。○年間、提出を忘れていた報告書を23日までに仕上げる。しかし19日は終日、科研費の会議が2つ。20日も終日オープンキャンパス(入試委員会の副委員長になったのだ)。
21日講義4コマ、22日は2コマに大正さろんの利用者懇談会にゼミの飲み会。24日は3コマ講義をやって、夜は上越教育大でシンポジウム発題。この日は別に編集会議もあって、それに向けて原稿も送っておかねばならない。24日は直江津に一泊して、そのまま帰宅せず羽田から韓国金浦空港経由で光州へ、、、

九段で平和を語る

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毎年、留学生を連れて靖国・昭和館・千鳥ヶ淵を歩いて、平和について思いを語っている。昨年から日本人学生にコーディネートをお願いしているので、僕はガイドをつとめただけだが。
千鳥ヶ淵戦没者墓苑でのディスカッションでは、率直に「韓国人として(靖国には)反対」「昔のことなので熱く語る必要はない」という意見が聞かれた。礼儀を重んじる国の人たちが、この場所で、教員を前にしていう言葉だからこそ、重く受け止めたいと思う。靖国でも、千鳥ヶ淵でも、日本人も含め拝する姿は見られなかった。スピリチュアリティを語る教員として、どうしたものかと自責の念にたえないが、速攻でどうなるものでもない。やや複雑な気持ちで、学生たちを九段に残し家路についた。(写真は千鳥ヶ淵戦没者墓苑にて、会議室を時間延長でお借りできまして感謝します。)

久々のガッカリ飯

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最近、B級グルメが守りに入ってしまって、お馴染みさんでいつものを頼んでしまう。お初のお店でも、周到に事前リサーチをして、口コミを読んでしまっているせいか、「おっ」と思ってもブログ更新意欲がわかない。、、、という中で久しぶりに筆を執りたくなる一品である。もちろん標題の通り、ネガティブな意味でだ。
店名は、どうでもいいのであえて書かない(実際、どれが店名がよくわからない)。高輪台を歩いていたら、「カレーうどん」ののぼりが見えて、店をのぞいたら「素材にこだわり」とか、「スパイスィーなカレーに発汗」とかという文言が目に飛び込み入店。店のつくりは小洒落た立ち食い(水も片付けもセルフ)のようだったが、カレーうどんに750円をとる。まぁ千吉は680円、古奈屋は1050円だからしょうがないかな。店の人に「辛口ってできますか」と聞いたら一笑に付され、「テーブルにラー油がある」と言われた。このあたりから、「やめときゃよかった」感が漂ってきた。向かいの客がカツを食べながら「○○が全然○○ないじゃん」と愚痴をこぼしている(聞き取れなかったが、何かが薄味だったよう)。奥で茶碗の割れる音がする。イヤな予感がする中、運ばれてきたものが、写真のもの。
カレーの具はブタ肉とタマネギのみで水菜のようなものがトッピングされている。「スパイスィーな」はずのスープは、多分、ソバつゆに粉末カレーとトロミだけだよね。間違って大盛にしてしまって、残そうかどうか迷ったが、麺だけは食べた。卵とご飯はどうしようもなく、卵かけご飯にして食べた。
久々のガッカリである。うどんは稲庭風で美味しいんだろうと思うが、トロミが効き過ぎてすくいあげるのも力が必要で、そしてソバつゆに間違ってカレーを落としてしまったようなスープのおかげで、味わうどころではなかった。スタッフが本物っぽく頑張っているだけに、余計にガッカリである。正直な話、まずいカレーうどんというものをはじめて食べた。

「宗教と社会」学会第18回大会

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6月5日・6日と京都・立命館大学で開催された。関係各位、とりわけ開催校の皆さん、お疲れさまでした。一日目10:30からの会議、午後は3本の発表(50分×3)の司会、懇親会と、かなりくたびれた。しかしスピリチュアリティや宗教性の研究に関して方法論的に興味深い発表が続き、大変勉強になった。
二日目は民衆宗教再考のセッションに出席。斯界の大御所安丸良夫先生が、民衆宗教の変革性に注目するといった「民衆史家に特有の独善性」(安丸先生のレジュメ)の有するメタヒストリーを解体すること(桂島先生の発題)を唱えた桂島宣弘先生に、「民衆宗教史研究の初発の発想から逸れてきている(あるいは進歩してきている)とすれば、そのことの研究史的な意味を、どのように規定すべきであろうか」と問う場面は、スリリングだった。時間が大幅に足りず十分なやりとりがなされなかったが残念であったが、そう簡単に答えがでる訳でもない。セッションの副題でもある「如来教関係資料から見えてくるもの」といった、つまり民衆宗教の史料を活用して、今後、どのようなアウトプットをしていくか、方法論的洗練をはかるのかにかかってくるのだろう。