Archive for 2010年10月30日

ゼミでライブ(11月3日)

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・2010/11/03(WED)11:00〜11:30
・大正大学10号館1032教室
4月から大正大学が支援するNPO法人でもくらしぃが運営する大正さろんでゼミを開講し、現在、5つの班が地域との連携やコミュニティスペースでの活動の可能性を問いつつ学習を進めている。この企画は、その中でもゼミ生5名と、隣の巣鴨北中の生徒を中心とするメンバーと、その保護者によるライブである。
どうしてこうなったのかというと、4月にゼミを始めた時に、ゼミが終わって飲み会までの時間をダラダラとさろんで過ごすゼミ生が、隣で障がいを持った子たちが熱唱している姿に触れ、自分たちもバンドをやっているところから、「何か」を感じたのがきっかけ。
ライブ時間は30分だが、ここに至るまでは、時には苛立ったり、感激したり、苦しんだり、嬉しかったりと、大げさではなく幾多のドラマがあった。地域の人と一つのものを創る楽しさや大変さが凝縮されていると言っても過言ではない。これについては別稿、報告書等に譲るが、まずはぜひお誘い合わせのうえ、ご来場賜りたく存じます。
 ♪♪♪
Obladi Oblada:The Beatles
Twist And Shout:The Beatles
Love Me Do:The Beatles
Get Back:The Beatles
青空:THE BLUE HEARTS
翼をください:赤い鳥
君をのせて:天空の城ラピュタ

日本版「白熱教室」に出ました

「「ハーバード白熱教室」が日本にもあった」(『SAPIO』11/10=10月20日売り号)に小生の講義が取り上げられています。
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ある日の食卓

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最近忙しくて、酒を飲む時間もない。西武の宮川さんから呼び止められて試飲をして購入したものの、開けずじまいの李白特別純米無濾過生が冷蔵庫で眠って久しい。本日、いくらがいい具合に漬かり、新鮮なイカも手に入ったので、イカ素麺イクラまぶし、ゲソ肝焼き、厚揚げ焼き大根おろしカボス添えで2合ほどいただく。

最近の典型的な日々

最近の行動パターンは、朝8時台に大学に出かけ、まずは講義。1限が終わると、昼から「重役出勤」の院生の詰めている3階の宗教学研究室に。院生を少しからかって、1つ階段を上がって自分のブースに荷物を下ろす。大抵、パソコンの起動時にトラブルが起こるので、ここで十数分は時間をとられ、その後にメールチェック。
講義と研究と会議と書類書きがバタバタとあり、その合間をぬって、週に数回は大学の地域貢献の副専攻NCCのカウンターに顔を出し、懸案事項の確認。多くのばあい新しい懸案が生じている。しかし、そんなことではめげない。事務棟に書類を持っていくと、だいたい新しい書類書きか調整事項が増えているからだ。
やはり週に数回は大学から徒歩5分ほどのコミュニティスペース大正さろんに赴く。火曜日はここで11:30〜19:00まで過ごし、途中、講義も行う。今、さろんは11月3日の利用者と学生とのライブの練習で賑わっている。
昨日などはどこで調べたのか総務課の職員が、学生・教職員もめったにいかない礼拝堂で僕がライブ練習につきあっていることをキャッチして尋ねてきた。用件は町会の祭礼の奉納金について。相談場所といい、相談内容といい、我ながらとても大学の教員とは思えない。で、すぐさま副会長さんを尋ねて奉納金を渡す。帰りにさろんに寄って、障がいのある子を目的地まで送り届ける。その後、6限の講義をやって、上記のライブ練習の機材片付けを手伝い、腹が減ったのでちょっと焼き鳥でも食おうかということになり、そこに7限が終わった院生とバンドのドラマが再度加わり、ピザの店に河岸を変え、気がついたら1時だった、、、

新文芸座(「クロッシング」「息もできない」)

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本当に久しぶりに名画座で2本立てを見た。10数年ぶりじゃないかと思う。見たのは韓国映画の「クロッシング」「息もできない」。1本ずつ感想をしたためたいところだが、簡単に感想を述べよう(ネタバレ注意)。
2つとも、ガツンと来る名作だった。「クロッシング」は脱北者とその家族、「息もできない」はヤクザと高校生を描いた作品だが、両者とも恐ろしいほどの緊張感だ。前者は、いつ収容所のサディストが酷いことをするんじゃないかという、後者は、例えば子どものチャンバラで、いつ枝が目に突き刺さったり(実際、かすめるのだが)んじゃないかと気が気ではなかった。そしていずれも安直なラスト(映画「悪人」のように、世間で悪人と言われても妻夫木クン私待っている的な)を拒み、我々に現実を突きつけてくる。
犠牲や救済という観点も両作品を奥深いものにしている。「クロッシング」に登場する聖書や天国のモチーフや、「息もできない」の主人公の死による犠牲を、さらに反転させるようなラストシーンは息を飲むほどだ。凡庸な言い方だが、両作品とも映画館じゃないと、きっと途中で一息入れたり、逃げ出したくなったりしたかもしれない。

11月3日にゼミでライブ!

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前の記事で書いたように私のゼミ(大正大学NCCプロジェクト研究)は、今年度から教室を出て、大学が支援するNPO法人の運営するコミュニティスペースである大正さろんで研究・実践を展開している。確か4月に飲み会をやるので学生が何人かゼミ終了後もさろんに溜まっていて、そのうち常連さん(中学生)がやってきて、歌の練習を始め、それを見た学生がピンときたのがきっかけだったんだろう。
障がいを持つ子が多い常連の中学生たちと自分たちとが、音楽を通して何かできるんじゃないかというのが、ダンスやバンドをやってきた学生の直感だった。しかし他のコミュニティスペースや音楽による世代間交流を調べていったものの、実践にはほど遠かった。彼ら/彼女らをグッと後押したのは、他ならぬ中学生の保護者のお母さんだった。「一緒にライブを」と申し出たものの、なかなか練習も実現せず、ある日、ベースとギターの学生が指導(叱責?)を受けることとなった。一応教員である私が弁明し仲に入ったものの、うなだれた学生たちはまるで先生から叱られた小学生のようだった(私の立場は、、、いや心から感謝なのです)。
しかし、、、だ。今では中学生や保護者を巻き込み、週3回+休みの日の、この練習である。これまた一応、ゼミ活動の一環なのだが、かつて、こんなに講義時間外に学生を拘束したことがあっただろうか。大学は授業に出ることと思っている人たちには、想像を絶することかもしれないが、大学は授業だけなく、もっと豊かで楽しいところなのだ。教室から解き放たれたさろんでの活動だからこそ達成できた成果に違いない。
「結局、勉強じゃなくライブだからだろう」と思った方は写真を拡大してホワイトボードを見てほしい。彼ら/彼女らの研究計画の目次が書かれている。子どもや障がい者を対象にした研究は多い。しかし当事者の前に研究計画が示されることがあるだろうか? もちろん示す必要があるかどうかから検討しなければならないのだが、こうした当事者とともに作り上げていくという研究・教育・実践的に画期的な試みを、彼ら/彼女ら成し遂げていると自負していい。

ゼミで地域イベント「和カフェ」

私のゼミ(大正大学NCCプロジェクト研究)は、今年度から教室を出て、大学が支援するNPO法人の運営するコミュニティスペースである大正さろんで研究・実践を展開している。その成果の第一弾「日本の和で世界の輪」をテーマとしたコミュニティカフェが10月2日・3日に開催された。これは地域の多文化共生に寄与しようというもので、外国籍の方に浴衣を着てもらい、お団子を食べながら日本文化や自国の文化について語り合うというもの。
学生は事前に他のコミュニティカフェを調べてテーマを絞り、着付けや団子作りを習得し、この日に臨んだ。参加者はスタッフ4名を含め両日でのべ36名(外国籍15名)と盛況。地域の人々も、大正さろんをのぞき込み、興味を示していた。もちろん参加者にも大いに満足していただいた。
大正さろんで活動するようになって強く感じることだが、学生が自主的に動くようになった。他の教員とも話しているが、やはり「さろん効果」なのだろう。教室だと教員がいて、時間が来て始まり、チャイムがなって終わり。さろんだと、教員よりも偉そうにしている(実際偉いのだが)地域の方や、子どもやお年寄りがいて、学生が決してお客さんでいられない。そんな中で複数の視線にさらされながら時間に関係なく話し合い、学ぶということは、時には居心地の悪さを感じることもあるだろう。しかし時間切れや学生(教室におけるお客さん=客体)という退路を断ち、逃げ隠れできない環境に身を置くことで、教室ではあり得ない決断力・行動力が身についたといえよう。
今後、地域の方(主に中学生)とのライブ(11月3日の銀杏祭=大正大学学祭)、国際結婚(11月20日)や宗教・価値観(日時未定)に関するカフェの企画もあり、11月20日の「コミュニティカフェ大集合」(パネル/シンポジウム)での報告もある。私を含め息切れしつつある向きも否めないが、学生と地域の連携の中から生み出される新しい学びの姿に立ち会っている喜びの方が、はるかに大きい。
(当日の写真は大正大学のサイト大正さろんのブログにもあります。)