Archive for 2011年1月28日

モツ焼き聖地に参拝

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樫尾兄弟から急に電話があり、巡礼に行こうという。確かに、ここ数年は一人でお遍路に出ているが、人類学者と一緒の旅も楽しかろうと同行する。
待ち合わせ場所は、京成線立石駅。まず生涯で降りることもなかろう。ここにモツ焼きの聖地「宇ち多”」(うちだ)がある。開店30分前には、すでに何人かの巡拝者が行列を作っているほか、行列に加わらない地元の崇拝者が表と裏の出入り口付近にたむろしている。やがて聖地の神官から一人ずつ、どこに座るのかの指示がある。我々は「入って右。カレンダーの下」という遙拝所があてがわれた。
開店。一瞬の静寂の後、一斉に入店。我々の遙拝所は4名がけの席、、、と思いきや、そこに6名かけるようにとの指示。先着10数名のホネ「特別な部位の入った煮込み」の獲得権を示す割り箸が配られ、テッポウとシロに酢を入れるかどうかの選択が突きつけられ、コップが回され、焼酎がつがれる(ほぼ自動的に梅割エキスも)。入店から5分ほどの出来事であろうか。どうのような注文の仕方なのか、目の前のものはお通しなのか、我々が注文したことになっているのか不明のまま、肉を食い、焼酎を飲む。
美味い! ほとんど身動きができないが、何とか写真を撮る。やがて「ホネ」の登場。箸が全員に配られはじめる。カッシーが的確に「タンナマ」(ボイルした舌)を注文するので便乗。コップの焼酎をおかわり。ジャバジャバっと注がれ、梅割エキスがピューッと添加される。さらにカッシーが「レバ」などをいくつか注文。焼酎3、4杯目あたりから、神官が「3と4」(お前が3杯で、こっちが4杯だな)と確認し始める。で5杯目で終わり。
この間、40分ほどだっただろうか。めくるめくようなモツ焼き体験。今、この記事を書きつつも、立石参りをしたい衝動が抑えられない。「次は埼玉屋かな」と次なる聖地を確認し、この日の参拝を終えたのであった。

浄土宗発行『かるな』No.70で対談

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浄土宗が発行する雑誌『かるな』70号(2001年春)で「スピリチュアルって、なぁに?」という対談(お相手は今岡達雄浄土宗総合研究所主任研究員)が掲載されています。スピリチュアルとは何か」「いのちの教育」「自分探し」について話しています。ご関心のある方は、浄土宗寺院まで。

子どもといのちの教育研究会 第12回研究大会

テ ー マ:いのちの教育を支えるもの
日時:2011年2月26日(土) 10:00〜17:30
会場:大正大学・巣鴨校舎 
東京都豊島区西巣鴨3-20-1 会場へのアクセスはこちらをご覧ください。
・講演:近藤卓(東海大学文学部教授、本会会長)
 「レジリエンスと自尊感情」
・ワークショップ:佐久間一生(即興演劇集団TILT代表)
 「インプロ〜学校現場で活かせる即興劇(仮)」
 ラウンドテーブル・ディスカッション:教育実践報告、研究発表など
 (詳しい案内は1月27日に発表予定です。)
参加費:一般2,000円/学生1,000円
参加方法:準備の都合上、事前にお申し込みください。
ハガキ、ファックス、Eメール等で「第12回大会」と明記し「お名前、ご連絡先、懇親会の出席/欠席」をお知らせください。詳細は研究会サイトまで。
大会案内(詳細掲載版)ダウンロード

申込用紙ダウンロード

20数年ぶりに開ける段ボール箱

正月に実家に戻った際に、最近書いているエッセーの資料になるだろうと大学時代の私物を入れた段ボール箱を開けてみた。記憶では4〜5箱あったはずだが、見つかったのは1箱だけ。開けてみると意外とカテゴリー分けされ、かつ網羅的なので、この1箱以外に段ボール箱はないんだろう。もっと大量の紙類があってもよさそうなのだが、そういえば学生時代は学生会館に私物を置きっぱなしにていて、定期的に処分したり、自宅に持ち帰ったものの、何かの折に4〜5箱分を1箱にまとめたりしたんだと思い出した。ファイルや茶封筒に書かれている年代でいうと1982年から87年までのものが確認された。
中身は所属していた研究会(まぁ自主ゼミみたいなもの)、その上部団体の哲学会(判りやすくいうと室友会かな)、そのまた上部団体の学術団体、所属する自治会という感じで分けられ、合宿資料や年度ごとの議案書や報告書・論文集が入っていた。ビラ、ちらしの類はなかった。当時はコピーが図書館くらいにしかなく(コンビニにはコピーはなかったし、そもそもコンビニって80年代前半は夜は閉まっていたんじゃないか)、青焼き(感熱紙で一枚一枚を手差しで入れていくもの)や輪転機での印刷物が中心。
1月1日の記事にも書いたが、大学生活(学生・院生・教員も含め)30年を向かえる今年、少し自分の学びを振り返ってみようとの開封だったが、「82年度評議委員会合宿 総括」などと書かれた茶封筒は、恐ろしくて開けていない。

謹賀新年

ブログ特有の時間差(記事アップ時刻の改ざん)で、これを書いている。年頭だから何やら襟を正してモノを書くというのが、どうも苦手なのである。しかし、そういうことを書かないと、あとが続かないので、一応、年頭のあいさつらしいことを書く。内容は主に教育実践についてである。
ところで実は年男である。今年48歳となる。テレビを見ると「今年の年男による〜」という年中行事ニュースを盛んにやっているが、あまり感慨はない。36歳の時も、24歳の時も、当たり前だが12歳の時もそうだった。
12年ごとの年周りよりも、この3月で、大学の教壇に立って丸20年たったという方が、感慨深い。1991年に初めて母校の兼任講師となった緊張と喜びは今でもはっきり覚えている。当時は90分間、話し倒していたいたように思う。1コマ終えるとクタクタになった。その後、対話法やプロジェクト型講義やワークショップの試行錯誤を経て、やがて行き詰まり、数年前から暗中模索の状態だった。社会貢献の教育プロジェクトをあずかる身となっても、座学から実践を得たからといっても迷いは解消されなかった。
そんな中で昨年は“大正さろん”という学びの場を得られたことは大きかった。自分の教育実践の画期をなすものだと率直に思う。支えてくれた学生・院生、地域の方々、“さろん”関係者の皆さんに感謝したい。、“さろん”は大学から歩いて数分だが、大学を離れたところに大学教育の可能性を見出せたというは皮肉なことなのだろうか。いずれにせよ実践を続けながら、これをどう理論化するかが次なる課題なのだが、「学びのコミュニティ」がキーワードになるに違いない。この20年間、いや自分が受けてきた大学教育を入れると、おおよそ30年間の総括になるのかもしれない。
こう書くと、何をオーバーなことを言ってやがらぁと茶々も入りそうだが、偽らざる実感であり、このくらいのスパンで目の前のこと見ると、あまり小さなことが気にかからなくなる。今年は何年か前に誓った「いらんことを言わん」を少しは守れそうだ。