ウワディスワフ・シュピルマン『ザ・ピアニスト―廃墟のワルシャワからの奇跡の生還』佐藤泰一訳、春秋社、2000年

 「アンネの日記」「夜と霧」「シンドラーのリスト」など、映画化されたホロコースト文学は多い。ユダヤ系ポーランド人ピアニストであるシュピルマンの手記もロマン・ポランスキー監督「ザ・ピアニスト」によって、その一つとなった。
 本書は、ゲットー(ユダヤ人居住区)での生活、ワルシャワの陥落、ガス室に送られていく家族、そして地獄からの脱出が回想形式で描かれている。路上にこぼれたスープをはいずり回ってすする老人や脳しょうを壁にぶちまける少年といった、おぞましい光景が淡々と記され、それが一層リアリティを醸し出す。
 シュピルマンの回想には、ガス室への恐怖を少しでも和らげようと、まるで遠足に行くかのように意気揚々と孤児たちと運命をともにするコルチャック先生の話が二度でてくる。また、オスカー・シンドラーのようにユダヤ人の生存権を左右する雇用証明を発行するドイツ人も登場。シュピルマンが彼らと同じ国で、同じ時に生きていたことに改めて気づかされる。
 シュピルマンは、偶然襟首を捕まれて、家族が乗ったガス室送りの列車に間に合わずに生き残る。しかも飢餓で死ぬか、見つかって銃殺になるかという潜伏生活の末に出会ったドイツ人大尉に命を救われる。「チャップリンの独裁者」に出てくるエピソードのようだが、本書収録の大尉の日記が、それが事実であることを雄弁に物語っている。しかしチャップリンが扮するユダヤ人の床屋と違って、シュピルマンは、戦後、命の恩人と再開することができず、その大尉はスターリングラードの戦犯捕虜収容所で絶望の淵に死ぬ。極限状態で生き残る人と命を落とす人とを分かつものは何か。運命・偶然・芸術を考えさせられる厳粛な記録である。

2 comments

  1. もうこのブログしか読めないです。

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