井上順孝『教派神道の形成』弘文堂、1991年

1、本書の構成
 本書は8章から成り、大きく総論・各論・結論の3つに分かれている。総論では教派神道体制の成立過程とその研究史、そして本書の前提となる概念規定と問題の所在が述べられている。各論では、佐野経彦と神理教、新田邦光と神道修成派、芳村正秉と神習教、平山省斎と神道大成教が扱われ、ここでは各創始者の思想形成、教団の性格、キリスト教に対する態度などが詳細に記されている。結論では教派神道の特性や近代宗教史における位置づけが論じられている。
 以下、本書の特色について、?教派神道という概念、そして?グローバル化とネオ・シンクレチズムの2点に関して、それぞれの概略・意義・疑問を述べていきたい。


2、本書の特色
(1)教派神道という概念をめぐって
 【概略】本書を特徴づけるものの一つとして、表題にもなっている教派神道という概念があげられる。もちろんここでは教派神道を、いわゆる教派神道十三派という歴史的な用法としてとらえるのではなく、新たな分析概念として提起している。すなわち教派神道を「神社神道を中心とする神道の実践、儀礼、教え、また近世の国学・復古神道によって築かれた教義と、深い関わりや類似性を保ちながら展開した近代の宗教運動」と規定。そして近代の神道系の宗教運動のなかに、この教派神道と、「既存の神道の要素を取り込んだり、影響を受けたりしながらも、独自な要素を多く含む運動として展開し、創唱宗教的色彩が強いもの」である神道系新宗教の2つの潮流を認めている(p.112)。
 教派神道に含まれるものとして、具体的には本書でも扱われている神理教、神道修成派、神習教、神道大成教など。神道系新宗教に含まれるものは天理教や金光教など。両者の中間形態としては黒住教と禊教などがあげられている。そして教派神道と神道系新宗教との違いは、第一に創始者について、神道系新宗教のそれがカリスマ性や宗教的創造性に依拠しているのに対して、教派神道の創始者は神道的宗教伝統における正統性の継承という意識に依拠している。第二に神道系新宗教の組織原理が教祖−教主を中心に、布教者−一般信者という広がりをもつ「樹木モデル」であるのに対して、教派神道のそれは異質な集団を傘下に収めるという「高坏モデル」である。第三に教派神道の教えは神道系新宗教と比べて民族的アイデンティティの再確認の要素やキリスト教への対抗意識が濃厚である。総じて「神道系新宗教は、多くの場合、創唱宗教的性格を志向するが、これと比べるなら、教派神道は基本的には再生運動(リバイバル)の性格が強い」(p.373)という。
 【意義】従来の教派神道という語でとらえられていた13教団は、かなり性格が異なるものが含まれていた。また13教団とそれ以外の教団とを、教派神道かそれ以外に分ける意義も見出だせない。その意味で教派神道という語を新たに定義し、ひろく神道系の宗教運動をとらえる指標を提示した点は本書の重要な意義であろう。
 また一般に戦前の宗教行政の産物とみられている教派神道に注目する今日的意義は、これをもって明治から現代に至るまでの神道系の宗教運動の発生・展開の連続性を把握できる点にある。確かに各論で扱った教派神道の各教団は、現在では教勢が停滞していることは事実である。しかしそれによって教派神道研究の意義が減じたわけではなく、重要なことは、これらの教団がなぜ明治前期に運動のピークを迎え、その後は停滞していったのか、その流れを解明することである。本書の説明に従えば、教派神道は教祖の宗教的創造性を核とする教団アイデンティティが乏しく、むしろ反キリスト教的色彩を帯びた民族アイデンティティの要素が強かった。そのため反キリスト教の風潮や民族アイデンティティがそれほど意味がなくなった現代においては、教派神道の存在理由もまた稀薄になっていったのである。
 【疑問】さてこのような意義を有する教派神道という概念の提起であるが、若干の疑問が残ることも否めない。それは教派神道というあまりにも手垢にまみれた用語を、新たに定義しなおしたことによる混乱である。例えば、かつての教派神道十三派の一つで、現在も教派神道連合会に所属する金光教が、本書の定義では教派神道ではないということになってしまう。また本書では教派神道と神道系新宗教の区分と同じように、仏教系の宗教運動を仏教再生運動と仏教系新宗教という対比でとらえている(p.132)。そう考えると、ここでいう教派神道は、むしろ「神道再生運動」という用語で提起した方がより混乱は少ないのではないだろうか。事実、本書では「神道リバイバル」「神道再生運動」という語も使われている。
 さらに筆者は以前、宗教運動の担い手の意図、思い込みを重視し、「中核的存在となっている人々が、自分たちの運動の思想的基盤を、日本固有の信仰、日本に古くから備わっている道などとして捉えている場合」、これを「神道派宗教運動」と規定することを提起したことがある(「神道派宗教運動の思想的系譜」1980,p.100)。こうした提起は本書の問題意識と密接に関わってくると思われるが、これはその後どのように展開され、本書に引き継がれていっているのであろうか。
(2)グローバル化とネオ・シンクレチズムをめぐって
 【概略】本書では「神道の習合状態に対し批判的立場をとり、外来宗教の渡来以前に日本に純粋な神道が存在したと主張する立場」を神道ファンダメンタリズムとしている(p.355)。こうした立場は近世の復古神道家に顕著であるが、教派神道の組織者もまたこの立場を部分的に継承していた。しかし両者の立場は微妙に異なり、教派神道の組織者のばあいは、キリスト教との対決が急務の課題であった。そのためファンダメンタリストでありながら、キリスト教を無視できず、これに対して何らかの評価を与え、自らの思想のなかに体系づけなければならなかった。教義的にはキリスト教を天造教に対する人造教(佐野経彦)、本に対する末や脇(新田邦光)、先天の道に対する後天の道(芳村正秉)などと位置づけている。この他、キリスト教に対抗する教えとして神道と儒教の折衷を標榜する(新田邦光)など、儒教、易、修験道の要素が教派神道の教義や儀礼にみてとれる。また組織的にはキリスト以外であったら何でもよいという具合で、雑多な組織を集める(平山省斎)など、御嶽講、淘宮、心学などを傘下に収めている点も特徴的である。
 本書では、こうした「教義、儀礼、組織形態、活動形態など、宗教の諸要素において、異質な(主に系統が異なるという意味において)宗教間の影響関係が急速に進行するような状況において観察される」現象をネオ・シンクレチズムと名づけている。言い換えれば「ネオ・シンクレチズムとは、宗教間に一種の競合状態が存在することを前提とした上での、他宗教の要素の主体的な採用の結果としてのシンクレチズムというものである」(pp.359-60)。「ネオ」に込められた意味は、教団組織者の主体的な選択と宗教間の競合ということになろう。
 かかるネオ・シンクレチズムはグローバル化のもとで進行したという。ここでいうグローバル化とは、情報化の進展と不可分であり、「ある事象を考える母集団がしだいに地球規模化していく過程と捉えられ」、教団的には布教の自由競争であり、教義や儀礼といった側面ではネオ・シンクレチズムを特徴とする「自由市場的原理が働き始める」ことをいうとされる(p.362)。教派神道の組織者は一方でファンダメンタリズムを志向しながら、結果としてその教義、儀礼、組織形態はグローバル化の端緒となったというのである。
 【意義】以上のような分析は先学の研究と大きく異なる。一般に各論で扱われた教団は、これまでの教派神道研究では、その歴史的意義が十分に評価されてこなかった。鶴藤幾太『教派神道の研究」(1939,pp.44-56)であれば、教団的には不純で、思想的には伝統的、信仰の拠り所は悟道にある惟神道諸派、中山慶一『教派神道の発生過程」(1932,p.148)であれば「純粋なる神道思想に出発し、それに宗教的生命を与えると共に次第に民間神道の中に合流して行った」(神習教、神道修成派、神道大成教)といった評価である。つまり独創的で純粋な天理教や金光教と比べて、これらの教団は宗教行政の産物で、内容的にも伝統的な惟神の道を踏襲しているにすぎないとみなされてきたといえよう。
 しかし本書ではこうした従来の研究成果を踏まえつつ、全く新たな視点から教派神道をとらえている。その一つがグローバル化であり、教派神道は単なる復古ではなく、キリスト教に象徴される外来文化の到来によによって喚起された民族アイデンティティの再確認であり、神道的な伝統を基盤にした応答なのだという。だからこそ幕末維新期、諸宗教に関する情報が蓄積されるにつれ、その間の競争・競合が熾烈になっていくなかで、復古的なスローガンを掲げつつも、意識的にシンクチックな内容を練りあげた教派神道が登場してきたのである。
 【疑問】ところでグローバル化は教派神道よりも神道系新宗教の一部に、より顕著にみられるという。それゆえ本書でも教派神道に関してはグローバル化の「先駆的形態」「端緒」といった表現が用いられている。実際、第八章第二節七「グローバル化概念の意義」という項目では、グローバル化で宗教運動の発生やシンクレチズムが説明でき、またいわゆる世界宗教との違いも認められる点があげられているが、これは教派神道よりも神道系新宗教を念頭に書かれているとみてよいだろう。(些末なことだが、その次の最終節「教派神道の近代宗教史上における意義」では、グローバル化という語はみあたらない。)だとすると教派神道論である本書で教派神道を特徴づけるものとして、グローバル化を大きくとりあげた積極的な理由は何であったのだろうか。もし時代が下れば神道系の宗教運動の多くがグローバル化に向かう傾向にあるというのであれば、最初に教派神道と神道系新宗教を分類した意義は薄れてしまうのではないだろうか。
 前述の通り、グローバル化の端緒をいち早く拓り開いた教派神道は、その後、グローバル化(のみならず活動そのもの)があまり進展していない。そしてグローバル化と強い相関関係にあるネオ・シンクレチズムの要素が稀薄で、むしろ民俗宗教的要素(従来の意味でのシンクレチズムということになろうか)が濃厚とされる天理教や金光教など、典型的な神道系新宗教の方が、外国布教にみられるようなグローバル化を、より成し遂げている。ではその差異は一体何であるのだろうか。
 また細かいことになるが、第八章の註20では、天神教、白光真光会、モラロジーの教えをグローバル化(教義面でのネオ・シンクレチズム)の例としてあげている。しかし五井昌久の神秘体験に由来すると考えられる諸宗教一致協力の考えや、広池千九郎の研究・思索による諸宗教・道徳の体系化と、反キリスト教の意識を明確にもち意図的な教義の整備を進めた教派神道の組織者を同じ(または同一線上の)グローバル化ないしネオ・シンクレチズムで論じてよいものだろうか。むしろ神道系の宗教運動にみられるグローバル化やネオ・シンクレチズムの類型化が必要ではなかっただろうか。筆者は以前グローバル化を多国籍型、無国籍型、ネットワーク型の三つに分類していたが(「グローバル化から見た近代日本宗教」1989)、この考えは本書では展開されていない。
3、本書の感想
 以上、本書の特色と思われる内容を述べてきた。指摘はピント外れだったかもしれないし、いくつか疑問も提示したが、これらはもっぱら私の不明に帰せられるものかもしれない。
 本書は教派神道を、社会変動のなかで変容する日本の宗教システムの一局面として総体的にとらえようとした。確かに宗教を社会全体のサブシステムとしてみる考えに異論をとなえる人もいるであろう。しかし本書が教派神道の分類や教団間の異同を指摘するだけにとどまらず、いわゆる民族宗教が異文化の接触や近代国家形成の課題に直面した時に採ったダイナミズムを明らかにしえたことは間違いない。社会変動の諸条件のもとで、教派神道は開かれた宣教型の宗教を志向しつつ、あくまでも神道的伝統に則した民族アイデンティティの再確認を追求した。この点で特に本書でとりあげられた4教団は、まさに一まとまりものとして理解できよう。もっとも本書は教派神道のなかでも御嶽教、実行教、扶桑教、出雲大社教にはあまり触れておらず、その意味で山岳信仰の講を基盤とした教団の位置づけや特定の神社に対する信仰に基づく教団の特殊性については、教派神道という概念でどうとらえられるのか疑問も残った。だが本書で示された視座は、教派神道はもちろん、神道系宗教運動を含めて、この時期以降の宗教運動の多様性や共通性を理解するうえで有効ではないかと思う。
 新宗教研究には、新宗教の発生について社会変動→アノミー→人々の不安の増大→新宗教入信という議論が往々にしてみられる。こうした図式自体間違いではないと考えるが、社会全体の状況と新宗教発生との関係があまりにも唐突に結びつけられているきらいがあったのではないか。教派神道の組織者は行政サイドに比較的近い対場であったということもあるが、本書は社会制度の変化と教派神道の組織、教義、儀礼などとの関係が明確に論じられている。また新宗教研究には個別教団の調査報告に終始しているものも多い。こうした個別研究の積みあげは当然不可欠なのであるが、単なる教団の紹介で終わってしまうきらいがあった。その点、本書の各論は、はっきりとした方法論に貫かれており、総論・結論と有機的な連関をなしている。私事で恐縮であるが、新宗教研究を志すものの一人として、自分の未熟さを痛感するとともに、多くの示唆と刺激を受けたというのが、本書を読んだ正直な感想である。

One comment

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