映画キッズ(3)

僕の映画キッズとしての歩みで「真夜中のカーボーイ」は、かなり重要だ。
今でもはっきりと覚えている。土曜日、技術の授業が終わって家に戻り、誰もいないんで一人で飯を食い、いつものように2:30からの「土曜何とか劇場」を観る。新聞で「真夜中のカーボーイ」であることは知っていたので、「きっとウエスタンだろう」と楽しみにテレビの前に座る。映しだされた映像は、何とももの悲しく、そしてハーモニカのテーマ曲が一層それに拍車をかける。
そう僕が観たのはアカデミー作品賞に輝くアメリカン・ニューシネマの代表作だった。中学一年生にとっては、内容はかなり「いやらしい」(男娼とそのマネージャーとの話)のだが、それ以上に僕は、完全に、この映画に打ちのめされた。ラストのジョン・ボイドがダスティン・ホフマンを抱きかかえながら、フロリダ行きのバスに揺られるシーンなどは、今、こうしてパソコンのキーを打ちながらも涙がこぼれそうだ。
この映画をもって、だいたい3つ位のジャンルを集中的に観るようになった。一つはニューシネマ、ヌーベルバークと呼ばれる60年代末から70年代初頭一群の作品。二番目はそこから派生して、ATGをはじめとする日本の中小プロ、独立プロの作品。三つ目は「やっぱアカデミー賞とか、カンヌ映画祭とか、押さえなきゃ」と、とにかく古典と称せられる作品群をできるだけ多く観るようになった。
それぞれ、僕の人格形成に色濃く影を落としている。
中学一年生から二年生にかけて影響を受けたのは、アメリカン・ニューシネマやフランスのヌーベルバークだった。特に「イージーライダー」は決定的だった。中学二年生の夏に三越本店の中にある小さな劇場で観て、その後、神田の王様カレーを食べながら、あまりのショックに口がきけないくらいだった。左の写真をダウンロードしてきたが、うーん、この一枚を見るだけでも「カルト!」と叫びたくなる。
「ハーダー・ゼイ・カム」でジミー・クリフが繰り返し言っていたが、ニューシネマもヌーベルバークも主人公は最後に死ぬことが多い。中学生の僕は、そこんところに参ってしまったようだ。上の映画もそうだが、「勝手にしやがれ」「死刑台のエレベーター」「明日に向かって撃て」、みーんな無様に死んじゃうんだよね。それが僕にしてみると、恐ろしく格好よかった。ウエスタンのアウトローから、破滅型のヒーローに関心が移っていった。だが、同じヌーベルバークでも日本のそれを通じて違うヒーロー像を見出すことになるのだが、、、、【続きを心して待て!】

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