映画キッズ(4)

ゼミ(テーマ研究)生から「オススメ映画」ときた。映画キッズの不定期連載を急きょ変更して語ろうじゃないか。
よく「無人島にビデオを一本だ持っていけるとすると」とか、「この世の終わりに一本だけ映画が見られるとすると」という飲み会ネタがあるが、はばからず言おう、、、


僕は「第三の男」だよ。
1949年のイギリス映画。僕は1975年に父親と水道橋の労音ホールで観た。中学校1年生だった。衝撃だった。映画でしか表現できない何かを観てしまったという感じだった。第二次世界大戦後の連合軍統治下のウィーンで繰り広げられるサスペンス。主人公が物語の三分の一になってようやく登場してくる。ちなみに「ゴジラ」もそうだ。
暗闇の中でじゃれつくネコ(伏線あり)。チター奏者アントン・カラスの今や古典的名曲「ハリー・ライムのテーマ」が流れる。ジョセフ・コットンの怒号とともに、カメラはハリー(オーソン・ウエルズ)の足下かスルスルとあがり、暗闇を写す。パッと一瞬の光。ハリーの顔が映し出され、彼がニヤリと笑う、、、、そして再び闇。
全身の毛穴から脂汗がでるような興奮だった。しかも、この作品、そんなシーンが随所に散りばめられている。トップの画像はラスト近くハリーがカフェに現れるところ。いや〜、、、、この画像を観て、何も感じない人っているんだろうか。もの凄い緊張感だ。ハリーの指一本一本の動きにまで、観客は吸い寄せられる。
20歳代前半で「宇宙戦争」のラジオ劇で全米をパニックに陥れ、25歳で初監督・主演の「市民ケーン」で天才の名をほしいままにしたオーソン・ウエルズの怪演だ。左上の画像はハリーを待つジョゼフ・コットン。右は追いつめられる地下水道のハリー。映画がスクリーンに映った影に過ぎないということを痛いまでに理解した名匠キャロル・リードの名作だ。人類遺産といっても過言ではない。

 
僕は2003年にトリノの国際学会の帰りにウィーンに立ち寄った(マイレージの関係でオーストリア航空を利用)。まず行ったのは大観覧車。まだあるんですね。そしてホイリゲ(新種ワインを飲ませるワイン・ガーデン)で飲んで一泊。次の日は上記のカフェ。これもまだ現存する。そして「第三の男」のラストシーンである共同墓地(左の画像)。多分、このあたりなんだろうなというところを一人で歩いた。本当に涙が出そうだった。

「第三の男」自身はグラハム・グリーンの原作だが、何度も言うように映画でしか表現できない、つまり無駄なものを一切排除して光と影という最も単純な表現形式であらわされた人類の宝―それが「第三の男」だ。

2 comments

  1. YSK より:

    トップの画像ではなく、地下水道に追い詰められるハリーの画像に「何か」を感じてしまった僕は駄目でしょうか。
    というか、先生が起きる時間にそろそろ寝ようと思ってる僕が駄目ですね。
    僕は邦画が好きなんですが先生は良さそうな映画をいっぱい知ってますね。
    今度機会があればお勧めを教えてください。
    それでは失礼します!!!!

  2. lion より:

    ご紹介ありがとうございます(^^♪
    1949年の映画で2003年にまだ大観覧車とかカフェが現存するってすごいですね!!
    共同墓地の写真の雰囲気がおしゃれですね◎

YSK にコメントする コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*