クロアチア日記(4)

今回の我々のセッションは「東アジアの霊性」。日本、韓国、台湾の霊性に関わる運動をめぐって、どういう議論が東アジアで行われているかを、この欧州中心の学会で紹介するのが目的だ。僕の発表は「霊性と資格」で、制度になじみづらい霊性が、カトリックと真言宗、それぞれのスピリチュアルケア・ワーカー養成の制度の中で、どうやりとりされているかを素材に、霊性の特徴を指摘していくというものだ。
ただ、これまでの国際学会での経験からいうと、あまり人出は期待できない。2000年にオウムのことを発表したって、来たのは数名だった。しかも今回は実質的な最終日(23日はエクスカーション)で、そもそも人が残っていないかもしれない。そんな心配や、いつもながらの英語の発表に対する緊張感を胸に会場に着いた。
ぐるっと会場をのぞくと、やはり参加者は少ない。5名くらいしかいない部会もあった。5名というと、発表者だけか? 開始30分前に自分の会場にたどりつくと、すでに1名の来客。もしかして勘違いかと思って声をかけると、「霊性は重要。あたりまえよ」という感じ。むしろ「日本語でやるんじゃないよね」と気にかけてくれている様子。やがて聴衆が増えて、最終的には10〜15名となった。しかも1名を除いて、全員、外国人である。
樫尾・弓山・佐々・藤野の順で発表はなんとか無事に終わり、ベルトン先生のコメント。僕に対しては、宗教を背景としない価値観の可能性はあるのかという、まことに的を射た質問をいただき、辞書を引き引き英作文、応答(詳細はそのうち論文にしよう)。発表者が一通り、応答を終えてフロアとの質疑応答となった。
高齢化社会の中でますます霊性の問題は重要だというような(確かそういう主旨だったような)コメントやspirituarityの翻訳上の問題などに関する質問があったが、いずれも実に我々の部会に対して好意的であった。我々も黒板などを使い、一生懸命それに応えた。2時間のセッションが終わったあとも、雑誌に寄稿しないかというオファーや、メールアドレスを教えてくれとの問い合わせなどがあり、実に嬉しかった。最後にみんなで記念撮影。で、街に繰り出し、遅めの昼食兼打ち上げ。

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