イタリア日記(2)

7月25日〜27日とローマ市内を回った。前にも書いたが、12年ぶりのローマは、前に来た時が12月だったのに対して今回はバカンス期なので、より観光客で活気に満ちていた。24日のスペイン広場に続き、トレビの泉、真実の口、フォノ・ロマーノなどといった定番をまわる。前回も来て今回も行って、かなり異なる感慨を得たのは、凡庸かもしれないがバチカン美術館。それもラファエロの間である。
12年前、ここを訪れた時、僕は「アテネの学堂」に釘付けになった。プラトンが天を指さし、アリストテレスが地を示し、まわりにこの絵の描かれた当時のVIPに模したギリシャの哲人たちが勢揃いのアレである。高校の倫社だったか、世界史だったかのカラー挿画に、この絵があって、その後、哲学を志して大学進学をした僕の部屋には、恥ずかしながら、この絵が教科書から切り取られて掲げられていた。大学に入って、一昔前に大学解体の議論があったことを知ったり、ニューアカの潮流を目の当たりにしたりして、この作品は僕にとってうさんくさくも思えたりしたが、それでも大学4年間は部屋のどこかに、この絵がはられていた。
そんな若かりし日の思い出が蘇り、12年前のバチカン美術館では実物に出会って感動したものだった。


今回は、「アテネの学堂」をもう少し広いパースペクティブというか、違った角度から眺めることができた。この絵のある部屋は「よりよく生きるため」をモティーフに4つの作品が配されている(ということを、これまた恥ずかしながら初めてしった)。「アテネの学堂」は真理の探究。その正面には「宗教の勝利」を表す「聖体の論議」。そして名前は忘れたが(調べりゃ、すぐわかるのだろうが)、芸術の重要性を示したもの。さらに「節制」「反省」「慈愛」を象徴する綱・鏡・果実。
ふーん実にわかりやすい。哲学・宗教・芸術と、もう一つは生活規範というか、通俗道徳か。こうしたわけ方(特に生活規範が哲学や宗教から独立しているところ)って、どこに淵源があるんだろうか、、、専門に引きつけて、霊性を非教団的な宗教性とするならば、霊性は、どこに属するのだろうか、、、そういやぁ、SISRのプログラムでも今回は“Well-Being”(よりよく生きる)を冠した発表が多かったな、、、と、いろいろとヒントになることや、考えが整理されるような気がした。
話は全く変わるが、12年前に行かず、今回、初めて訪れた場所がある。いずれも映画にちなんだところ。「ローマの休日」関連は前もまわった。今回は、、、、
(1)フェリーニの「甘い生活」の舞台となったベネト通り。これは泊まったホテルのすぐそばなので、否応なく(別に嫌じゃないけど)歩くことになった。(2)もう一つはパゾリーニが常連で惨殺される直前にも行ったというトラットリア。ローマ大学のそばにあって、これはわざわざタクシーで行ってみた。地元客でにぎわう店で、名物のカルボナーラと牛の尻尾煮込みを食す。パゾリーニもこれを食べたかと思うと、、、何ともダークな気分になる。(3)これは観光名所としてはA級なのだが、僕の動機からするとB級に属するコロセッオ。ここを舞台とした映画というと、、、僕が真っ先にあげたいのは「グラディエーター」ではなく、「ドラゴンへの道」。ローマに親戚の中華の手伝いに来たブルース・リーが、最後に闘う場所が、ここ。ということで一応ファイティング・ポーズ。

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