父の他界

私の父・弓山泰吉が9月18日に永眠いたしました。
生前は多くの人のお世話になりましたこと、心よりお礼申しあげます。
葬儀は勝手ながらごく身内だけの家族葬で執り行わせていただきました。
父は糖尿病でインシュリンをうつ生活が10年ほど、人工透析が6年あまり、80日間入院しての旅立ちでした。
80日の間、私は25日間ヨーロッパに、5日間プサンに、3日間は大阪に行っていました。父の最期に何ができたのかなぁと考えると、涙が出そうになります。
父の死の2日前の16日まではプサンにいました。26日からは講義が始まります。もの凄く勝手な解釈をお許しいただければ、父は僕の身体があくのを待っていてくれたのかもしれません。
そう考えると、申し訳ない思いと、感謝の念が交差します。看取り、葬儀と、平凡な言い方かもしれませんが、考えることがたくさんありました。宗教研究者として、また最近ではスピリチュアルケアに関する講義を行っている身としては、頭では判っていたこともありましたが、実際の経験となると、やはり大きく予想と異なっていました。
通夜と告別式で、父のことをたくさん話しました。そうすることで自分の中では気持ちが少しずつ整理されていきます。今日は学科会議に出ました。11月のシンポジウムの打ち合わせをしました。何にかの方が「大丈夫?」と声をかけてくれました。キャンパスでは学生が手を振っていました。明日は高校生に模擬講義をし、夕方からは企画の打ち合わせです。日常生活に意識も身体も戻りつつありますが、何か現実味がないのも事実です。
そんな思いは、10月1日から始まるスピナビのエッセー・コーナーで綴っていきたいと思います。
最後になりましたが、家族葬ということで、葬儀のご案内もせず礼を失した私に、暖かい励ましの言葉、思いをお送りくださった方々に、心より感謝申しあげます。

5 comments

  1. マンディ より:

    こういうとき、なんと書けばよいのかわからなかったのですが、先生に、元気をだしてほしいという気持ちを伝えたかったので書き込みました。
    先生のお父様は、間違いなく、先生を待っていたと思います。誰かに会いたい、そういう気持ちだけが、生きる活力になる、私は、そう信じています。

  2. マンディと同感です。
    正直、なんて書いたらいいんだろう・・と思いました。
    友達のお父さんが亡くなった時も、その友達は言っていました。
    「現実味がない」と。
    その時も、友達を見てなんとか元気付けようとしました。
    けれど、どうすれば良いのか結局わかりませんでした。
    先生も元気出してください。
    何かこんなことしか言えなくて・・すみません。

  3. 弓山達也 より:

    激励感謝します。
    会議や模擬講義などで、普通の生活に戻りつつあります。
    現実逃避なのかもしれませんが、既報の通り、極力身体を動かしています。
    10月1日から、このブログ提供元であるスピナビは1周年記念リニューアルをし、そこで父の死をめぐるエッセーを書きつつ、気持ちの整理をはかるつもりです。

  4. かさい より:

     私の父も、9年前の9月、新潟から駆けつけてその翌日に他界しました。
     人生の先輩に申し上げることではないのですが、なくなられてから1〜3ヶ月ぐらいに、どーっと、お父様の不在が感じられるときがあるかもしれません。「とむらい」というのは時間がかかる大切な仕事であると、フロイトも感じていたりします。ご多忙の中にも、どうかご自愛専一に。

  5. ちえのわ より:

    時間をあけての書き込みとなり申し訳ございません。
    コメントをするかしないかでとても迷いましたが、書かせていただきます。
    人間の「死」ほど、苦しいものや考えさせるものはございません。でも、ここから、自分や家族、周囲を見回し、生きていくことが供養になると思います。
    少しずつ前にすすみましょう。偉そうなことを言って申し訳ございません。授業等は、無理をなさらないでください。

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