仏教文化学会

■11月19日(土)午後1時から(大正大学1号館2階)
■テーマ「救い」
■基調講演
 大下大圓(高野山大学客員教授)「救い―仏教のスピリチュアリティ」
■シンポジウム「救い―今、仏教に問われているもの」
パネリスト   大下大圓(高野山大学客員教授)
        塩入法道(大正大学助教授)
        戸松義晴(浄土宗総合研究所専任研究員)
コーディネータ 弓山達也(大正大学助教授)


 仏教文化における「救い」とは何であろうか。
 一般に仏教は解脱の宗教といわれる。そこには出家生活で修行者が自らの覚醒を目指す独自の救済観がある。同時に仏教は大乗仏教への歴史的な変遷の中で、在家生活の中での他者への慈悲に関わる、さまざまな救済観や救済方法を育んできた。
 また仏教は現世に対する無関心・拒否の宗教として知られる。富や名声など現世での価値は意味のないものとして、そこから脱却することこそが、仏教の救済の目標とされるからである。しかし仏教がひとたび土着の民衆文化と結びつくやいなや、そこには富や健康や和合など、人間の現世利益をかなえる直接的な救済の役割をはじめとする広範な仏教文化を形成してきた。
 こうした解脱と慈悲、現世拒否と現世肯定という仏教文化に見られる多義的な「救い」の性格は、現代においても見られる。ブッダの教えをわかりやすく説いた書籍や高僧たちの言行録は、国境を越えて受容されつつある。仏教の瞑想法や個々人の気づきを促す聖句は、現代の個人主義とあいまって、精神世界の潮流などの個人の覚醒を求める諸運動と結びついている。そのうえで大量生産・大量消費のライフスタイルの中、欲望が拡大する苦しみに、仏教の叡智は何らかの「救い」をもたらすものとして期待されているのだ。そこには解脱を目指す仏教の個人主義的な性格と現世の価値の相対化が結びつき、多くの現代人が、そこに魂の「救い」の可能性を希求している。
 さらに仏教のもっている社会性も世間の耳目を集めている。教育、医療、環境をめぐる諸問題に仏教界は常に発言を求められているし、事実、開発僧やエンゲージド・ブディズムは、こうした求めに対する一つの応答と考えられる。彼らの活動・運動は、エコロジーや人権運動との垣根もひくく、緩やかな結びつきを持ち、現代社会における「救い」の諸部門の一角のみならず、指導的な役割を担っていると言っても過言ではない。仏教の慈悲の精神と現世への積極的な働きかけが力強い運動を形作っているのだ。
 このように仏教の「救い」の現実面は、いくつもの諸相を有している。しかし実践レベルでの注目に比して、それら学術的なレベルで議論されることは、歴史学・民俗学・宗教学による民俗仏教や仏教系新宗教などの救済観の研究を除くと、極めて少ない。佛教文化学会は、仏教学を基盤としながら、多くの関連分野を擁する研究者集団である。その関心も狭義の仏教学に留まらず、豊かに広がる仏教文化を、その隅々まで射程に収めようとしている。佛教文化学会において、「救い」というテーマで、かかる仏教文化の広がりを議論することは、大きな意義があると考えられる。とりわけその現代的な意義を問うことは、学術的かつ社会的に価値あることである。以上の主旨から、現代における仏教の「救い」をテーマに、佛教文化学会第15回大会の開催を宣言する。

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