[ネタばれ注意]ミリオンダラー・ベイビー

 DVDが出てので、さっそく見てみた。
 僕なんかは、イーストウッドというと、マカロニウエスタンや「ダーティ・ハリー」シリーズがパッとでてくるが、そのクリント・イーストウッド監督・製作・音楽・主演で、アカデミー主要4部門を制した映画。イーストウッドも偉くなったなぁ、、、音楽も担当か。
 さて、映画は、ボクシングジムを経営する老トレーナー・フランキーと三十路を過ぎたガッツだけの女ボクサー・マギーとの絆を描く。そこにフランキーがかつてカットマン(止血担当)としてついた試合で失明し、今はジムの雑用係の元ボクサーの通称スクラップがからむ。尊厳死を扱った作品だが、前半はマギーの成長がテンポ良く描かれている。
 後半、映画はマギーが世界タイトルの試合に向かうあたりから翳りを見せ始め、テレビで試合を見守るスクラップの不安が的中し、彼女は全身麻痺に陥る。殺してくれてベットの上で懇願するマギーにフランキーは困惑する。教会でダンは神父に語る。「彼女は死にたがっていて、俺は彼女を守りたい。でも生かすことは殺すことだ」。神父は言う「すべてを神にお任せするのだ」と。


 映画は、スクラップが、この一件の後でフランキーの話を語るというスタイルをとっていることからも彼の位置は重要だ。スクラップは「マギーに悔いはない。彼女が最後に思うことは“いい人生だった”と」とフランキーに告げ、フランキーはマギーのもとに向かう。そして二度とジムに戻ることはなかった。あたかも神父が「手を貸せば永遠に自分を見失う」と言ったように。
 この映画は3人の魂の救済のあり方を描いてる。マギー、フランキー、スクラップの魂は救われたのだろうか。凡庸な表現になるが、マギーの魂は、愚かな家族との決別そして新たな絆と結びつき得て終焉を迎えると僕は見ている(というより、そう信じたい)。では、ある種のメフィスト役とも見えるスクラップと、フランキーはどうだろうか。スクラップはフランキーの消息を「心の安らぎを見つけてくれたら、、、ヒマラヤ杉と樫に囲まれた、はるか遠いどこかで」と語りながらも、すぐさま、それを「甘い願望だろう」と打ち消す。暗い翳りが一層濃くなるラストが、彼らの魂の行方を暗示しているかのように見える。
 ただ、スクラップの語りが、実はフランキーの娘ケイテイへの手紙をとっていることが、最後の最後の語りで判る。スクラップとフランキーとケイテイともつながりに、一縷の望みを見た感じがする。見る者によって多様な解釈が許されるものを名作というならば、この映画は、3人の魂の行方をどう見るか、観客に委ねられているという意味で傑作だ。

One comment

  1. MILLION DOLLAR BABY

    ★★★★★
    なんかもう・・・胸がいっぱいで言葉にならない・・・。
    胸に重厚な何かがつかえている感じ。
    C・イーストウッド、すごい。
    あぁ・・・どうしよう・・・言葉にならない。。。
    ヒラリー・スワンク…

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