やさしさ

この時期、いずれの講義も学生の発表やレポート提出だ。学生も辛かろうが、教員も、ある意味、非常に辛い。
大正大学の、ある学生のグループ発表に接して、ふと思ったことがあった。学生さん、やさしい。メンバーの意見を極力削ることなく、レジュメに盛り込む。発表もみんなで分担だ。ただ、その結果、学生からは「何をいいたいんだが」という苦言が呈せられ、僕自身も厳しいコメントとなった。
同じ頃、別の大学の学生からメールが来た。同じ班に貢献が足りない学生がいて、その学生と自分が同じ成績はおかしいと僕に釘を刺す内容だった。発表は多分主要メンバ数名で作成し、登壇者も2名だ。貢献しなかった学生は肩身が狭い。
こうしたシビアなやりとりをする学生と、やさしい大正大学の学生と、どちらがいいとは一概には言えないが、僕は前者が望ましいと思っている。みんなの意見を盛り込むのではなく、「正しい意見」をレジュメには書くのだ。真にやる気のある者が世界を変えていく。それに社会に出れば否応なくシビアな世界に放り込まれるのだ。
ここでフトある先生の言葉を思い出した。先生曰く「大正大学の持ち味は、競争社会原理とは異なる何かを背景に持っていることだ。それは慈悲といってもいい」と。その先生は上記の「別の大学」の出身者でもあった。「社会に出れば否応なくシビアな世界に放り込まれる」なら、大学時代くらい「やさしさ」を大切にしたっていいじゃないか。もっと言えば、そうした世界観や人間観をもった学生を輩出していくことこそ、大正大学の持ち味なのかもしれない。
こうしたことを考えながら、学生の発表の講評をする。辛い時期だ。

8 comments

  1. 神那 より:

    私が今好きなアーティストの曲で「命みぢかし恋せよ人類!」の一説に、大人の言う事を信じて常識を覚えて生きてきたが、世の中はでたらめだというような一説があります。
    案外、社会に出て絶望するのは、シビアなやり取りの中で己を磨こうとする者なのかもしれません。
    なお、私の周囲はすべてがでたらめ過ぎて、絶望している暇もありません。

  2. Mayumi より:

    またまたお邪魔いたします。
    大学に入り、今の部活に入って常々思っていたことと重なりました。うちの部も競争社会じゃないんです。誰でも昇進できるんです。たとえ実力がなくても。人数の割りにポジション数が多いんでしょうがないかもしれませんが。。
    競争社会でなく平等を重んじるのははうちの部だけだと思ってました。でも、大学内にもそういうのが存在してると先生は考えていらっしゃる。うーん、そうなのかもしれませんね。。
    いずれにしても、お忙しい中私たちのレポートや卒論添削等の面倒を見て頂き、感謝しております☆来年の今頃はよろしくお願いします!!長々失礼しました。

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  5. 浅香 より:

    はじめましてー。
    おそらくは、先生の言う部分は「よい結果」というものを生み出すことを大切にすべきという考えだと思います。
    たとえばバンドを例にするとして。
    惰性で続けるバンドは腐った音しか出さないし、本当に音楽というものを真剣にやっているバンドは、辛いことやもめ事ばかりだとよくいうし。
    でもきっと、先生の言うように、大正大学だから、というか、私達の仲間はきっと、人と人とのつながり、っていうものを大切にしたいのだと思う。
    だから、精一杯みんなの気持ちを汲んでいきたい、一緒に頑張っていきたい、って思うのだと思う。
    たぶんきっと、先生に釘を刺されなくても、社会に出たら具体的な結果が大事なんだ、ってことはみんなわかっているんだと思います。
    でも、大学生っていうのは、厳しい学問の道を進むとともに、仲間意識を大切にする時間でもあるようで……。
    だから、成績や評価は下がってしまうかもしれないけれど、それでもみんなでやることを大切にした、ということで、成績の問題とは別の部分でみんなの気持ちを汲んでくれればいいんだと、私はそう感じています。
    ではではー。

  6. マンディ より:

    う〜、なかなか難しいところですよね。
    私は、やらない人がいた場合、自分がやった方がまるく収まるっと思ってしまうのでなかなかズバ!!とは言えないのです。ある程度、やる量が偏ってしまうのは仕方がないですが、できることなら、手伝うし、手伝われるしっという支えあう環境ができたらいいな〜っと思います。

  7. mac より:

    厳しいことを書きますが、大学での発表や講義において序列をつけたり評価加えたりすることができないのは、やさしさとは別次元の話だと思います。
    世間において見も知らぬ他人を序列化し評価することと、大学において同じ仲間達を発表で序列化し評価することは、全く意味合いの違うことです。
    仲間内で切磋琢磨し、意見をぶつかあっていくことは大いに奨励するべきことであって、むしろそうすることこそがやさしさであると言うべきでしょう。
    社会ではお金や地位が序列や評価の基準の一つですが、大学時代は、それらとは異なるオルタナティブな基準について、議論を闘わせることがあってもいいのではないでしょうか。
    私が足繁く通っている研究会では、掴みかからん位の議論を延々とやった後で、最後は飲み会で大団円におさまるということをやっています。
    今回の文章を拝見して、少し思うところがありました。

  8. ゆかりっぺ より:

    先生!!!昨日はありがとうございました(●^o^●)
    さすが先生!!太っ腹っす!!!!
    あー私大正大学でよかった(>_<)!!なんかギスギス競争ってやです。
    「真面目な頑張り」や「本気な競争」はべつにいいと思いますが、やっぱりその根底に「協調」「やさしさ」は必要だと思います。
    でもやっぱり真面目にとりくんでると、不真面目な人がいると「イラッ」としてしまうのもじじつですよね〜(>_<)
    やっぱり難しい問題ですよね〜。。
    先生!お疲れ様です!!!

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