観蔵院を訪ねる

大正大学の小峰彌彦先生が住職をつとめられる観蔵院が、曼陀羅美術館を開設するにあたって、書いた一文です。
観蔵院(真言宗智山派)を訪ねる
 大正大学人間学部仏教学科の小峰彌彦(みちひこ)教授が住職をつとめる観蔵院に立派な曼荼羅があり、また仏画教室などの活動をされていることは、学内のたいていの人が知るところである。教授の著書を見れば、またインターネットで「観蔵院」を検索すれば、その一端をかいま見ることができる。私も金剛界曼荼羅と並んで胎蔵曼荼羅ができあがったと聞き、一度、拝見したいものと思っていたところ、このたび、曼荼羅美術館の開設にあたり、落慶に先立って訪問する機会を得た。


 観蔵院は西武池袋線練馬高野台駅から歩いて七〜八分ほどのところにある。小峰教授と歩いていると近所のご婦人が声をかけてくる。
「あら、こんにちわぁ」
「奥様によろしくねぇ」
 観蔵院は真言宗智山派に属し、慈雲山曼荼羅寺観蔵院といい、大聖不動明王を本尊とする。創建の年月は定かではないが、『新編武蔵風土記稿』には「寳蔵院・新義真言宗上石神井三寳寺門徒、慈雲山と号す」「稲荷社は村の鎮守なり。寳蔵院持」との記述があるといい、この寳蔵院が現在の観蔵院であるとされている。
群青色はラピスから
 観蔵院に到着した。さっそく落慶間近の曼荼羅美術館を見せてもらう。
 「車イスやお年寄りのためにバリアフリーになっているんです」という小峰教授の案内のもとに、二階にあがると、金剛界曼荼羅と胎蔵曼荼羅が静かに私たちを迎えてくれた。金剛界曼荼羅は平成八年に完成。胎蔵曼荼羅はそれまで白描画が掲げられていたが、彩色が施されて、昨年一一月にできあがった。いずれも染川英輔画伯の作であり、制作に費やした歳月は一八年。精細微密な線描と彩色、截金(きりがね)が見事に融合した、歴史に残る秀作と評価されているものである。
「截金の部分が光ってみえるでしょう。少し暗くするとよく見えるかな」と照明を落としたなかで小峰教授の話が始まる。
「金箔を五、六枚重ね合わせ、鹿皮のうえで竹のヘラで切って貼り付けていくんです。こうやって明かりを消すと金が浮き出て見えるでしょう。細いのは一ミリ以下に切る。カッターでは静電気が起きて、くるくるとカールしてしまいます。それを目分量で切るのね。計ってやるより正確」。
 曼荼羅の鮮やかな色は鉱物によるものらしい。群青(ぐんじょう)はラピスラズリから、朱は水銀から、緑は緑青(ろくしょう)から、白は貝殻を砕いたものから。退色しづらく、色に変化がないという。
「ニカワが塗ってあって、そのうえに書くわけで、ノリのうえに砂をまいた感じだから、触ればざらざらする」。なるほどそういうものか。
曼荼羅の世界をパズルで
 いうまでもなく金剛界・胎蔵の両部曼荼羅は真言密教の教義内容を表現している。金剛界曼荼羅は『金剛頂経』に基づき、大日如来の金剛不壊(ふえ)なる悟りの智慧の働きを示している。胎蔵曼陀羅は『大日経』により大日如来の悟りが展開している理を示しているという。弘法大師が唐から持ち帰った曼荼羅は現存していない。観蔵院曼荼羅の作成は、そこで『大日経』『金剛頂経』の内容を検討するところから始まったという。他の曼荼羅が模写のところを、デッサンから書き起こしたのである。日本画をやる人は曼陀羅を書きたがるが、ここまで丹念にやったのは他にないそうだ。
 なお、この金剛界曼荼羅は、CD―ROM版と千ピースのパズルがある。CD―ROMには解説はもちろん、曼荼羅の諸尊の尊名を当てる「尊名当てクイズ」や四一二にも及ぶ諸尊をランダムに呼び出す「自動再生機能」などがついている。パズルの方は金剛界曼荼羅のほか、同じく染川英輔画伯の作になる妙見曼荼羅もあり、こちらは蛍光塗料による発光パズルとなっている。
平和のために
 ところで観蔵院は、今年の九月一一日に米国同時多発テロから一年目のイベントして「いま平和の祈りを! 愛と希望のコンサート」に、声明の会として関わった。収益五万ドルはアフガン復興に役立てられるという。コンサートにはグレゴリオ聖歌隊も出演していたが、昨年は声明の会、佼成雅楽会などとのジョイントで「声明と雅楽とグレゴリオの夕べ」を本堂で実現させ、その模様は海外の新聞にも取り上げられた。
 観蔵院声明の会の発足は平成三年四月。武蔵大学の先生で『神道大系』で慈雲尊者の巻の編に携わった方の「学生に声明を聞かせたい」という依頼で始まり、今では学習院大学の学生との交流も行われている。グレゴリオ関係の交流は上智大学の神学部が同じ練馬区内にある関係で、東久留米の聖グレゴリオの家(宗教音楽研究所)とのご縁ができたという。「今私たちにとって何が必要か、宗教音楽を通じその心を感じ取っていただければ幸いです。この場に集うことが宗教や民族の壁を越え、豊かな心を養う糸口となることを期待しています」が小峰教授のメッセージだ。
地域のために
 観蔵院では年に一回、地域文化の交流拠点として法和会という集いをもっている。観蔵院ゆかりの有志が講師を選び、小峰教授とあわせて話をする。これまでも小峰教授が般若湯についての法話を行い、利き酒が行われたこともあったという。また、昭和五六年より染川英輔画伯を招いての仏画教室を開催している。誰でもが描ける写仏から、絵絹に彩色を施した本格的な仏画までを幅広く学べることが特徴で、聞くところによると、人気の仏様は観音様、お不動様とのこと。一一月には仏画展も開かれ、昨年は七百名もの来場があった。仏画教室のベテランの方々は、真言宗智山派寺院に納める両部曼荼羅を制作するなど本格的である。
 実は小峰教授の奥様もこの世界では知られた方で、大正大学オープンカレッジでは染川画伯とともに仏画教室の講師をつとめられている。今年の課題は「仏画に親しむ―聖徳太子の肖像を描く」で、「太子仁王子像」の指導にあたられ、奥様ご自身の今の課題は国宝「平家納経」だという。
ネパールの国おこしと両部曼荼羅
 奥様は曼荼羅美術館の落慶に際して、ネパールで三千年前から続いているという女性による書画を何百枚も収集されてきた。現在はネパールの「国おこし」として海外に紹介されているものだが、一枚一枚が手書きなので同じ題材を扱っていても、作風が微妙に違う。奥様曰く「お釈迦様もこの絵を見ていたに違いない」というネパールの国おこし絵画と金剛界・胎蔵の曼荼羅は同じフロアーに展示される。小峰教授の共著の一つである『曼荼羅図典』をもとにネパールの画家が描いたという両部曼荼羅も到着し、あとは掲げられるだけになっている。
 美術館の落慶が待ち遠しい

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