「単位」「出席」「成績」を廃止せよ

僕は大学において〈学び〉を疎外しているものは、ズバリ「単位」「出席」「成績」であると考えている。いろんな場面で言っているが、学ぶことと「単位」「出席」「成績」は本来、何の関係もない。単位や良い成績のために学ぶようになった時に、そして出席を取るから講義に出るようになった時に、僕は学びも講義も死ぬと考えている。つまり目的にならいもの(「単位」「出席」「成績」)が目的になり、学ぶことがそこに従属するようになったら、お終いだからだ。
学ぶこととは、人間の知的な欲求に基づいている。知りたいとか、極めたいとか、そうした衝動にも近いものが内側からわき上がってきて学ぶという行為になる。「単位」「出席」「成績」は、こうした知的な欲求の担い手を、単なる点取り虫に、あるいは点さえ取れればいいやのバカに仕立て上げる。
学生時代、大学に矢内原伊作先生という有名な哲学者がおられた。その先生のゼミは50名以上の大所帯。先生は初回の講義で「人間は自由だ」みたいなことを言って、悠々と自室に引き上げられるのを常とされていた。学生が、ジーーンと来る瞬間だ。ところが、そんな矢内原ゼミも冬になると「レポート? 試験?」みたいなことをゼミ生がささやき始める。お前ら「人間は自由だ」はどこに行ったんだ? 何のために矢内原ゼミに入ったんだ?
もちろん、僕の主張が青臭いのは重々承知だ。「単位」「出席」「成績」を活用し、学びの意識を高めていくのが本当の賢者のやり方だ。「単位」「出席」「成績」が、知的な欲求を引き出し、機能させるなら、それにこしたことはない。予備校での学習が、本当に生き生きしているという報告は珍しくない。だが、学生だけでなく教員までも「あと何回休むと」とか「何が何%で成績がどうした」みたいなことをやっていると、無性に苛つくぜ。
だから声を大にして言うんだ、大学に「単位」「出席」「成績」は不要だと。

2 comments

  1. より:

    先生、お久しぶりです。
    今回の記事、すごいよくわかります。
    とあるドラマでも、先生と全く同じことを言っていました。
    「テストのために勉強するのではなくて、学ぶために勉強するのだ」、と。
    でも、いつからか勉強=テスト、成績のためという形式になってしまい、
    本来の“学ぶため”の勉強というものを忘れがちになってしまいます。
    留学して、それを思い出しました。

  2. 弓山達也 より:

    舞さん、サンキュ。
    教員の方も問題なんだと思う。出席や成績をちらつかせないと学生を吸引できない無能さね(自戒も込めて)。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*