シンポジウム「元気なのには理由〈わけ〉ある」

以下は『新宗教新聞』に書いたコメントです。
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 教団活動の最前線から発題者を迎えて開催された本企画の意義は大きい。宗教伝統の異なる教団からの意見交換となると、大抵、教団本部勤務の教師か本部の意向で選ばれた教師の派遣となる。当然それも重要であるが、今回のような布教・教化サイドからのレポートは、当事者によって語られることに大きな意味があったといえる。
 ところで今回の企画には伏線がある。主催の国際宗教研究所は二〇〇四年一一月に「現代における宗教者の育成」というシンポジウムを開催し、そこでは次世代の教師の養成について議論がなされた。世襲化をどうプラスに機能させるか、モティベーションや求道型のスピリチュアリティをいかにコントロールしつつ高めていくかという模索が語られた。今回の企画は、これを信者レベルに焦点を当てて、議論したものといってよい。
 筆者は前回は司会、今回はコメンテーターとして登壇したが、今回ほど宗教者がビジュアル資料を用いて発題したことは、これまでの国際宗教研究所のシンポジウムでは珍しかったと思っている。さずが第一線で活躍されている方だけあって、聴衆の心を捕まえる術をご存じだ。そして映像を見ながら信者の表情に信仰の高まりと喜びを見た聴衆は私だけではなかったであろう。あるパネリストに同行した十数人の信者さんたちの一丸となった熱い応援も発題に説得力を与えていた。こうした個々人の信仰の向上を、どう教団の活性化に結びついていくかは議論の一つでもあった。
 布教・教化の成功には神仏の働きがともなうものであろう。しかし同時に人事を尽くすマネジメントのレベルも重要で、こうしたノウハウは、宗教伝統を超えて教団間でもっと共有されてもいいに違いない。そして信者や教団が元気であることとが、教団の枠を超えて地域や社会全体にも直結するような回路も、宗教に対する無関心や拒絶感が強い今だからこそ意識しなければならない。

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