テーマ研究終了

本日で05年度のテーマ研究が終了。102頁の報告書もできた。
感慨も込めて書いた報告書「はじめに」を以下に公開します。
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はじめに
 本報告書は大正大学人間学部人間科学科におけるテーマ研究A(担当:弓山達也)の2005年度報告書である。テーマ研究とは、4年間の学習の中で中核的な科目で、いわゆるゼミナール(演習)であり、年間を通じて週2コマ(計3時間)の科目である。本年度のテーマは「生きる力をカタチにする」であった。以下、このテーマに取り組んだ目的と成果を述べていこう。


 講義は「生きる力」をキーワードに、?教育現場、?現代人の価値観(生き甲斐や自分探し)、?自然や異質な他者との共生という3つの分野でとらえ、これらの分野について知見を深め、発言でき関わる資質を養うことを目的とした。つまり「生きる力」をめぐる諸問題を把握し、それを解決する道筋を示し、社会に提言するところまで、1年間かけて文字通りの演習を行った。
 さて「生きる力」は90年代後半からの中教審答申に盛り込まれた用語である。これに関連して「感性」「倫理観」「社会貢献」「共生」「自分探し」といった用語もでてくるように、早くから文部行政用語を離れ、現代社会のさまざまな場面で「生きる力」は注目されてきた。教育とは離れた文脈で、広告やテレビ番組でも「生きる力」という文字は散見される。
 前期の講義では、こうした「生きる力」の議論の広がりに鑑み、当該テーマに関する下記の6つの分野の文献を読み進めていった。?「生きる意味」「生きる力」論議(『生きる意味』『生きる力を育むために』)、?生きる力をめぐる学校教育(『今を生きる人々に学ぶ』『「生きる力」を育てる学習指導』『「生きる力」の読み方』『生きる力を育てる道徳教育の創造』『「生きる力」をはぐくむ道徳教育』)、?「心のノート」をめぐって(『「心のノート」を生かす道徳教育』『「心のノート」の方には行かない』『「心のノート」逆活用法』)、?感情のぶつけ方―怒りをめぐって(『怒りの方法』『若者はなぜ怒らなくなったのか』)、?なぜ人を殺してはいけないか(『なぜ人を殺してはいけないのか』『なぜ悪いことをしてはいけないのか』『自由とは何か』『ルール』『文藝春秋』2000年11月号)、?外国人との共生と愛国心(『ぷちナショナリズム症候群』『ヘンな国、困った国ニッポン』)。6つのテーマに関する文献を6つの班が読み進め、概略や文献からの抜粋をもとに、講義内で発表をしていった。
 こうした活動を通じて、より深くテーマに関わるために、当事者へのインタビューを中心としたレポート作成が企図され、前期後半から班の再編成、インタビュー先の検討、先行研究のサーベイが開始された。後期に入り、事前準備・実施・記述からなるインタビュー法の修得を行い、各班がインタビューを実施。口頭発表による報告、レポートの作成、編集という流れを経て、本報告書の完成に至った。こう書くと、すんなりと事が運んだような感じがするが、レジュメに基づいての発題から他人に読ませる報告書用の原稿作成へのステップアップはなかなか大変で、受講者の能力・体力・センス・時間のかなりの部分を本講義に傾けてもらうことになった。議論は教室に収まりきらず、大学のカフェテリア、居酒屋、下宿に持ち込まれ、45分の口頭発表や十数頁のレポートに、何十時間、いや百何時間が費やされたのであろうか。
 講義では常に「情報収集」「議論」「理解」「発信」を重んじた。文献、ネット検索、インタビューなどで情報を収集し、それを議論やワークショップを通じて「腑に落ちる」まで理解していくことを目指した。議論の一環として全員参加を旨とした合宿や飲み会を実施し、また発信の一環として、全員が日々の研鑽の成果をブログ(インターネット上の発信ツール)に書き込み(受講者のブログ一覧は、http://my.spinavi.net/yumiyama/のリンク集参照)、9月には4泊5日で希望者を募りプサンでの韓日6大学共同セミナーに出席し、東西大学・釜山大学・愛知学院大学・慶應義塾大学・立命館大学の学生とともに寝食を共にし、発表と議論を展開した。
 今年度は受講者36名の大所帯だったので、教員1名でこれらの活動を采配するのは不可能で、学生委員会形式を採用し、受講者が、総務(合宿や懇親会などの手配)・IT(ブログ関連)・日韓(プサンへの渡航準備)・学術(後期の演習の取り仕切り)・編集(本報告書の作成)の5つの委員会に所属し、演習をまわしていくこととなった。大所帯ゆえの苦肉の策であったが、この委員会形式は大きな力を発揮した。
 大学生の大学への帰属意識が低くなって久しいが、今年度の4回の全体飲み会は高い出席率であり、スポーツ大会や合宿も大きな意味があった。ブログの導入には私自身迷いがあったが、実際作ってみると、学生同士で情報交換を行って、洗練された個性的なブログが次々と仕上がっていった。プサンでの研修には24名が参加し、実は委員の多くが海外旅行初めてであったが、渡航や宿の予約、打ち上げのタコ鍋料理店の手配など驚くべき行動力を見ることができた。後期の発表に入り、司会や中心的なコメントの大部分を学生自身の手に委ねた。友人らに苦言を呈するのは辛かろうと思ったが、コメントする方もされる方も大きな励みになったようだ。本報告書作成も、第1回提出では、全班がやり直し、第2回でもすんなりと原稿が受理された班は少なかった。
 こうした運営・活動自体が、学習と同じくらい大きな意義を有していると私は信じている。「生きる力」をテーマにした講義に関わりながら、受講者自身が自らの「生きる力」を鍛錬していったに違いない。社会現象について学びながら世事疎かったり、人間関係を研究しながら他者に無関心だったりする学徒を見るが(そのようなジョークも私の周りではよく聞く)、学ぶことと生きることとは切り離されるものではないという信念を私はもっている。こうした私の思いを、受講者たちはよく体現してくれたと思う。
 主体的に学ぼうとする時に、人は本当に多くのことを学び、そして学んだことを実践できるようになる。さらに実践が主体性を生み出す。教師はそれをお手伝いすることが重要な仕事であると私は考えている。しかし学生の主体的な学びと教員の関わりとの兼ね合いは難しい。ある程度、演習活動を学生に任せたことは計算してのことであったが、予想外の大人数、私の忙しさや身辺の慌ただしさで身動きとれないことも実際にはあった。だが、私の計算をはるかに越えて、学生は動き、自ら学んでいった。講義では口にしなかったが、学生に助けられたという場面が何度かあり、感謝の気持ちで一杯である。
 なお、本報告書のレポートは「生きる力」という具体性・当事者性の強いテーマであるがゆえにインタビューを重んじた。ご協力をいただいた方々には、この場をお借りして篤く御礼申しあげる次第である。ご協力なくしては、この報告書はできなかった。単なるインタビュー録や事例報告に留まらぬよう、先行研究・調査から課題を見つけ出し、その課題を事例によって確かめ、深め、そこから答えの道筋を整理していくという、当たり前といえば、当たり前の手法に徹した。この試みの成否に関して、また上記のような「思い」についてもご批判を頂戴することになるかもしれないが、研究者として、また教育に関わる者としての私の精進の糧としていきたいと考えている。(弓山達也)

3 comments

  1. 由美 より:

    良縁なゼミだったんですね(*^-^*)拝読させて頂いてるうちに、嬉しく、微笑ましく、幸せな気分が溢れてきました。
    先生の信念「学ぶことと生きることとは切り離されるものではない」、心が動かされました。
    日々学びの人生。気付きを得て自身に取り込み活かしていくスタンスから離れぬよう、私も精進してまいりたいと切に感じました。UPして下さった事、感謝します。ありがとうございます、先生。

  2. 小野田 より:

    本当にありがとうございました。
    僕は元来嘘つきですがこれだけは本当です。先生には心のそこから感謝してます。

  3. ジョブ より:

    読むたびに、軽く泣いてしまいます。
    これだけ打ち込めるのはステキなことです。
    「生きる力」がテーマであったからこそだと思います。
    本当にありがとうございます。

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