津波被害者に対するEUの祈り

実はずーっと前から気になって、調べよう調べようとしていたことがある。それは昨年の1月に上海に行ったとき、偶然、ホテルでテレビを見ていたら、一切音がでない。あれっと思ったら、映像はイギリスらしき街角で祈りを捧げる人、モスクや仏教寺院で祈る人、デパートや公共スペースで祈る人々が、ただ淡々と映されているだけだった。
一目で津波被災者に対する祈りだと判ったが、驚いたことは、メディア(イギリスBBC)が、それを報道という姿勢ではなく、自らも祈りの一員として映し、参加し、多分、視聴者も、その祈りの輪に加わることとなっただろうと容易に想像できたいうことである。
イギリス人にとって、スマトラ沖は世界地図の右端に位置する。どんな国があるのか、どんな人々が住んでいるか知っている人は、あまりいないように思える(もしかするとインドの植民地化で、以外に詳しいのかもしれない)。いずれにせよ、そこに思いを馳せることができるという祈りの力に、僕は恐ろしく感銘を覚えた。
たまたまその模様が詳しく報告されているサイトに出会ったので、下記に記事を貼り付けておく。


■【TSUNAMI】 イギリスの藤澤みどりさんからのメール(http://www.everydayniigata.com/tsunami/column/01/1105455019.html)
ヨーロッパは一昨日(2005年1月5日水曜日)、南アジアの津波被害者への共感をこめて、EU加盟国25カ国で4億5000万人が、正午の鐘の音とともに3分間の沈黙のときを持った。この大がかりな3ミニッツ・サイレンスは、死亡が確定した人々や行方不明者への追悼として行われただけでなく、けがをした人や親をなくした子どもたち、家を失った人々、親しい人を亡くした人々すべてへの連帯を表すために行われたものだ。
わたしは、まだ冬休み中の息子と自宅でその時を過ごしたが、ビッグベン(英国国会議事堂の大時計)がテレビ画面の中で正午を告げると、同時に近所の教会からも鐘の音が響き、それから静けさが、ウイークデイの日中としては信じがたいような静けさが訪れた。
こんなに規模の大きなサイレンスは初めてだが、いままでに経験したダイアナ妃やクイーンマザー、セプテンバー・イレヴンの被害者を追悼するサイレンスなどでは、あたりがほんとうの静けさに包まれるのにいつも驚かされた。サイレンスの開始時刻が近づくと地下鉄もバスも最寄りの駅やバス停で停車してその時を待ち、路上を行き交う車も路肩に寄って停車する。商店のレジや銀行の窓口にはサイレンスの告知と、その時間帯にはサービスが行えないとの但し書きが張り出され、動きを止めることによって支障がある事象を除いたすべての動きが停止する。
かつてもっとも驚いたのはラジオがまったく沈黙することで、初めてラジオを通じてサイレンスを経験した際に、いくらなんでもラジオが完全に黙ることはないだろうと、鐘の音か静かな音楽が流れるのを予期していたので、サイレンス開始を告げる教会の鐘の後に完全な沈黙が訪れたとき、ちょっとどきどきした。この静けさの中でサイレンスに参加するそれぞれが被害者を思い、神か自然か、あるいは自分自身と対話し、祈る。
一昨日はテレビを見ていたのだが、やはり音は何もなく、全国の何カ所かに置かれたカメラがとらえた映像が、あらかじめプログラムされているのだろう、一定の間隔で次々に切り替わっていた。取引のその場で立ちつくし頭を垂れるシティの人々、ショッピングセンターのアトリウムで沈黙する買い物中の人々、赤絨毯の階段の途中で立ち止まった外務省のオフィサーたち、支援物資の荷造りの手を止めたエイドワーカーたち、仏教寺院の人々・・・。動いていたのは、額を床にこすりつけたり立ち上がったりして沈黙の祈りを繰り返すムスリムの人々と、寺院の床をくったくなく這い回るスリランカ系の小さな男の子だけだった。
ロンドン市民にとって、これは大晦日の2ミニッツ・サイレンスに続く津波被害に対するふたつめのサイレンスになる。しかし、世界の多くの場所で多くの人々が悲しみを共有した大晦日のサイレンスや黙祷の儀式とは違い、この日の3ミニッツ・サイレンスには悲しみや傷みだけでない、何か希望のようなものがかすかに感じられた。
欧州各地のNGOに対して、それこそ洪水のように押し寄せる人々の善意が、まだ引きも切らずに続いているせいかもしれない。そして、そうした市民の志による圧力が、政府の財布を緩ませている事実がある。あの日、ホリディ客として滞在していた地で被災したにもかかわらず、そこにとどまったばかりか新たにボランティア組織を立ち上げた少なくない人々がいる。地域の経済を応援するために休暇先を変更せずに、もしくは他の場所からこの地域に変更して、あえて新年のホリデイ客となった多くの人々がいる。そうしたことのすべてが始まりの予感に満ちている、ように思える。思いたい。
3分間の沈黙を通して、ヨーロッパの人々の気持ちが南アジアに正面から向き合った時間、もしかすると、これが今世紀はじめの転換点のひとつかも、と思わせる3分間だった。何かが変わるかもしれない。何かを変えられるかもしれない。

4 comments

  1. 大谷夏生 より:

    こんにちは。
    私は昨年度に先生の講義を履修した者ですが、「セイセイコウイン」、ヤシマ研究所という宗教法人をご存知ですか?

  2. 剣坊 より:

    先ほどはお疲れ様でした。放送で先生の名前を聞き、つい礼拝堂までダッシュしてしまいました。すみません:oops:
    貼り付けた記事の
    「何かが変わるかもしれない。何かを変えられるかもしれない。」
    が印象に残ります。
    あの災害が起こったとき、それだけじゃなく新潟中越地震の時も、僕はどこかしら「テレビの向こうの出来事」としてしか認識しておらず、今考えるとずいぶん心貧しい反応だなと思います。
    祈るだけでは何もできない、でもその祈ることすらしていない僕にはそれを言い切る筋合いはないなぁ、と。
    以前聞いたお話ではありますが、この記事とあわせて、改めてちょっと考えました。

  3. Grace馨子 より:

    私も、ロンドンで昨年7月7日の爆弾テロの一週間後、7月14日の正午に二分間祈祷を体験しました。
    この時は、自分が街路にいたので、ラジオまでは気づきませんでしたが、全ての車も歩行者も立ち止まって、沈黙の時を捧げました。勿論、各人の神に祈った人もいたと思いますし、無神論の人でも敬意の念からみんな立ち止まっていたと思います。あの時は交通が一斉に止まったので、本当に町に静寂が訪れました。
    しかし、今日のエントリを拝見して、テレビが音を消して沈黙の時を持った、というのは重要なポイントだと思いました。地元にいて、ある場で参加してしまったからこそ、見落としてしまっていたポイント、現場にいたからこそ見えなかったポイントだと思いました。

  4. 祈りは楽しい気分で

    あなたが世界の悲惨さに対して祈るときも、悲惨な気持ちで祈るべきではありません。
    祈るときに一番大切なことは、楽しい気分で祈ることです。神様のサポートとは、喜ばしく楽しく魅力的で心地よいものであり…

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