講義で激怒

ある大学の、ある講義で、25名の受講者の講義でレポートを回収・返却する。僕はレポートを課すばあいは添削をして返却するので、それなりの覚悟が必要だ。
だが、回収したレポートを読んでいるうちに、だんだん怒りがこみ上げてきた。25名中、レポートを出したのは23名。そのうち1600〜2000字という字数を正味守っているのは半分にも満たない。タイトルや見出しの行を字数40字に数えれば何とか1600字になっている者が5名、明らかに字数不足が7名。
襟を正して教室に向かう。先週も30分はお説教をしたが、今週も50分はお説教だ。
受講者は、要するに字数1600〜2000字なら、最低限の1600字書けばいいと思っているらしい。しかも水増し、テキストの丸写し、箇条書きなど、とんでもない1600字だ。
最後まで頑張ろう、良いものを作ろう、少しでも自分の書いたものを良く見せようという、ものごとを学ぶ者としての最低限のプライドが欠如している。こんなレポートでも先生によっては受理し、レポートを出せば「可」とか「良」の成績がつくんだろう。だが、そんな4年間を過ごした者は、ろくな人生を歩むことはない。ダメ人間になるために大学に来ているようなものだ。
ということを先週レポート指導とともに話し、出されたものが、上記の通りである。中には「先生がどんなに挑発しても学生は動かない」と書いてきている者もいる始末。
実力もなければ、プライドもない、おまけにせこいといている。とんでもないことだ、やり直すか生まれ変わるか、どっちしかない、、、ということをガンガン言った。7名にはレポートを突っ返した。その他の受講者にもできれば書き直すように示唆した。
講義終了後、受講生が集まってきた。逆ギレ気味で字数が足りていると強弁する者(実際は足りない)、レポートのファイルを消去したので書き直すためにレポートを返却してほしいという者、プレゼンもしなけば、欠席ばかりでその言い訳に来た者、いずれもお話にならないとは、このことである。
しかし、、、まぁ、こう書くと絶望的な感じがするが、僕は全然絶望していない。「学生が動かない」なら、うごかしてみせようホトトギス。

5 comments

  1. MUTSUMI TSUBOI より:

    ホトトギスは鳴きたいと思ったから鳴いたのではないだろうか・・・
    先生が範囲を定めれば定める程、学生は“逆ギレ”するのかもしれません。
    なぜ、学生が“逆ギレ”するほどに熱く?なっているのか。(←そこに熱くなるんだ・・・)
    学生としては、「言われたことをしているのに、なぜ先生に激怒されなければいけないのだろうか。」と思っていたりしてね。
    先生、生徒に自由にやらせてみたらいかがですか?きっと、先生が考える“プライド”ってなかなか伝わらないと思います。
    言葉じゃなくて、感じさせないと。
    自分って、“できない奴”なんだって。
    「このぐらいでいいかなぁ?」ってボーダーラインを引いて生きていくことで、自分ひとり幸せにできるのか?誰を救えるのか?
    でもね、これは生徒だけの問題ではなく学校としての問題でもありますね。先生によっては、Repoを提出すればAがつく方もいらっしゃるでしょうから。
    全体を変えるには、自分から変えていかないと駄目ですよね。私も、日々感じています。流されたくないですから。
    弓山達也を密着ルポしたら、『生協の白石さん』より面白くなるよ、間違いない。

  2. みゅう より:

    世の中全体が、効率だの手を抜く方法だのを求めています。
    真剣に取り組むことは、かっこ悪い上にあまり誉められないです。
    (弓山先生は誉めてくれるのでしょうが、
     弓山先生と出会う前に、そんな、
     誉められない出会いを、今の子どもたちは
     たくさんしてきていると思います。)
    昨日NHKで、都内に11ある都立病院で
    15億以上の(数字は不確か)未払いが
    発生しているというニュースをやっていました。
    中には払える能力があるのに払わず
    主税局職員が電話で催促すると逆切れするそうです。
    子どもは大人の世界を真似ながら色々と身につけていきますし
    受験勉強や塾では奨励されてきたことでしょうし、
    大学生のレベルで手を抜く子がいっぱいいても、
    しょうがないかなあ、と思ってしまいます。
    それでいいのか?という弓山先生の声が聞こえてきそうですが、
    真剣に取り組むことの楽しさを知らない子は、
    どこかで楽しさを知るまで、手を抜き続けることでしょう。
    弓山先生が、熱意ある先生なのはわかりますが、
    怒るだけなのは、なんか、もったいないなあー
    と正直言って思います。
    何かをうまくやろうと思ったら(釈迦に説法ですが)
    現状分析して、計画してやってみて、結果を反省して
    また計画する、というのが基本だと思うのですが
    「今の子どもの現状」は、弓山先生の生きてきた時代と
    だいぶ違うのですよ(保護者も違ってきてますし)。
    臨床心理学をやっていると、人様を「変える」だなんて
    おこがましい、相談に来た人が、自ら「変わる」気持ちを起こすまで
    話を聞きながら待ったり、話を整理して考えてもらったり、
    制限をもうけてその中で工夫してもらったり、ということを
    根気よくやるのが普通なんで、「教育」とか「指導」というものの
    上から物を言う感じ(従わない方が悪いとどっか思っているような感じ)には
    日常的に違和感を感じています。
    などと、ブログに長々と一方的に書くのは、実は
    よくないかもしれません。こういうのは、面と向かって
    議論した方がいい類のことですよね。
    今度、お会いしたときにでも、ゆっくり話しましょう。

  3. 弓山達也 より:

    mutumiさん、みゅうさん、どうも、ありがとう。お二人とも学生だけなく、僕の方も案じてくれているみたいで感謝です。
    mutsumiさんは僕の講義をとっていたから想像できるかもしれないのですが、今も僕の講義は自由度が高いです。相変わらず「教員が喋らないのが、いい講義」という思っています。(最近、こう書くと「この教員は手を抜いている」みたいなことを教員も学生も言ってくるんで辛いですね。冗談というか、言葉の裏を読むゆとりがなくなってきている。)
    「激怒」(実際は声を荒げたわけではなく、アジったとう感じ)も、いろいろある持ち駒の一つのつもりですが、みゅうさんの言うように一度、「指導」系に傾くと軌道修正は難しいかもしれません。単位や成績を武器に受講生を従わせることは簡単で魅力的だからです。しかしその「指導」はその場限りのものでしょう。
    聴聞は一対一に近い場面では有効かもしれませんが、数十人を相手には、どうでしょうか? 確かにブログで議論できることではないかも。
    mutsumiさんも、みゅうさん(山登りの後!)も、16日のオフ会に来ませんか?

  4. mutsumi tsuboi より:

    16日(オフ会)は、行けたとしても20時までにぎりぎり行けるといった具合ですね。同じ新宿には居るのですが、別の用事が入ってまして・・。

  5. みゅう より:

    うーん…。
    行きたいのは山々ですが、何時に終わるか
    見当がつかないんですよねー…。

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