講義で安堵

前に書いた「講義で苦悩」では、ネット/リアルともに、いろいろ励ましの言葉をいただき、ありがとうございました。
さて、一週間後、講義開始5分前に部屋に入ると、受講生全員がそろっており「おはようございます」と挨拶。リベンジの発表が始まった。
発表内容は原稿が準備されているようで、よどみなく進み、問題意識や内容が明確になっていた。口頭発表としては完成度の高い仕上がりでほっとした。司会・進行も、きちんとできた。
休憩中にそば耳を立てると、どうも受講者同士でモーニングコールをして今朝に臨んだようだ。ウーン、、、早く自分で起きられるようになれよ。
講義終了後、僕が帰ろうとすると、発表側から、聴講側に厳しい意見が2、3だされた。つまり自分たちの発表に対しての質疑が甘いというもの。講義の水準をあげようという意図だ。
先週とはうって変わってレベルの高いやりとりに驚く。何だか恥ずかしくて受講生の顔を直視できず、靴の紐などをゆっくりと結び直しながら、コメントをしたりする。恥ずかしがって、どうするよ、オレ。

2 comments

  1. ハタノ より:

    弓山先生の講義は毎回気が抜けない授業だったことを思い出します。
    僕が受講していた年の特徴としては、最初は数人の常連が討論をかわしていて、他は黙って見ているといった状態でした。
    しかし、発表形式の講義が班ごとに進んでいくにつれ、毎週毎週討論に加わる人数が増え、最終的にはほとんど全員がまんべんなく討論に加わっていたように思います。
    要するに、回を重ねるごとに、数人の「講義に積極的な受講者」が「出席を取りに来ている受講者」を巻き込んでいった成功例だったんじゃないかと思っています。
    積極的に発言する数人の特徴(キャラ)が弓山先生のユーモアあふれる受け答えやまとめの手助けをうけて確立し、そのやりとりがパターン化することで、討論自体が和やかなものになり、新参者も発言しやすい雰囲気が形成されたんじゃないでしょうか。
    と、思い出したことをつらつらと書いてみました。
    長文失礼しました。恥ずかしがっちゃダメですよー:lol:

  2. 弓山達也 より:

    確かに、あの講義は成功例だったね。キーパーソンがいたのが良かったのかなぁ。

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