新年に思う

この間、2006年になったと思ったら、もう2007年である。こうやって人生が終わっていくんだろうと思うと、少し焦りもする。残された数十年で何ができるのだろうか。何をすべきだろうか。
昨年、出会ったある人が「自分以外の人ができることややらない。自分しかできないことなら喜んでする」と自信たっぷりに語っていたことを羨ましく思い出す。
ここ数年間はスピリチュアリティに関心をもって研究や実践を続けてきた。いずれも、そう簡単にはいかないということを十分に味わった。論文の生産性に頓着しなくなったが、10年前なら信じられないくらいの低生産性でもある。
「実践」ということが、こんなにも大変であるということも身にしみる思いである。少しだが「祈りの会」にでるようにして、自分を見つめる時間を持つようになったこと以外は、あまり芳しくない。そんな中でスピリチュアリティと宗教との関連が、ほのかであるが見えるようになった気もする。これまでやってきた新宗教研究、「癒し」「自分探し」の調査と、スピリチュアリティ研究とをつなぐラインも見えてきた。
少なからぬ先生、先輩、同志らから僕の研究を案ずる年賀状をいただいた。謹んで拝読・傾聴し、前進したい。
教育も、ここ10年近く続けてきた学生主体の手法に翳りがでたのも事実である。ある学生が僕の挑発的な手法は少数にしか通用しないということを言ってきた。ガツンとやられた気がする。自らの教育実践を省み、また新たな教育実践に向かう年としたい。
初夢で公金を使い込んでお咎めをくらうという、時節柄げに恐ろしき夢をみた。次の日は何か大きな失態をしでかして現職にいられなくなる夢であった。何かの警告であると率直に思う。自分のライフスタイルをたたき直すところから始めなければ、研究も実践も教育もあったものではない。少なくともブログの時差機能をもちいて、今頃、新春の挨拶をするなど、言語道断である。
以上をもって念頭の挨拶にかえさせていただきたい。
本年が皆さまに佳き年となりますよう心より祈念申しあげます。

2 comments

  1. みゅう より:

    方向転換の時期や整理整頓の時期は
    一見生産性が落ちますが
    それって次にジャンプするため
    力をためている状態にあたるのかなあ、
    なんて思います。
    先生の今後のご活躍を楽しみにしています。
    教育実践の話を読んでいて、
    最近読んだ匿名カウンセラー座談会に
    「クライエントらしいクライエント
    (自分の問題はこれです、どうしたら
     いいでしょうと自分から言ってくる人)
     が来るとほっとする」
    という意見があったのを思い出しました。
    近年の傾向として、自分の問題を
    自分の問題として引き受けられるまでに
    なっている人が少ない、とのこと。
    クライエントが人のせい、なにかのせいに
    していた問題を、カウンセラーとの
    長い関わりの中で、自分の問題として
    とらえなおしたとき変化がおきるとか。
    今の学生も、先生の方法が通じるまでに、まず
    することが色々あるのかもしれないですね。
    いきなり長くなりましたが
    本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

  2. 弓山達也 より:

    挑発はやめて、おだやか〜にいこうと思う(笑)
    かえって気持ち悪いか!?

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