テーマ研究の今年度最終講義

今年度の最後の講義がテーマ研究の時間であった。奇しくも一年間の集大成の報告書が出来上がった日でもある。
やや一年間の総括めいた文書を「はじめに」にしたためたので再掲する。少しだけ追加(正確にいうと報告書「はじめに」には削除)した部分もある。
昨年度報告書の「はじめに」に比べて感傷めいた文書であることには変わりはないが、内容はかなり違う。


 本報告書は大正大学人間学部人間科学科におけるテーマ研究A(担当:弓山達也)の2006年度報告書である。テーマ研究とは、4年間の学習の中で中核的な科目で、いわゆるゼミナール(演習)であり、年間を通じて週2コマ(計3時間)の科目である。本年度のテーマは「〈生きる〉を考える」であった。以下、このテーマに取り組んだ目的と成果を述べていこう。
 講義は前期において「生きる」をキーワードに、?「生きる」という自明の事柄が議論になる社会的背景を概観し、?自殺や幸福について考え、?上田紀行『生きる意味』(岩波新書)の輪読を行った。「生きる」を主題にしたのは昨年度からの継続であるが、現代人の「生きる」(生き甲斐や活力)の減退や「生きる」ことへの価値・意味(生命観)の変容について学習することが目的であった。講義では後期に向けてインタビュー法の実習なども実施し、後期ではインタビューを中心とした事例研究から、現代の「生きる」状況にアプローチしていった。
 本報告書は、この試みの生産物であり、?ペットロスをめぐる人間とペットとの関係、?「いのちの教育」の実践、?ネット世界のつながりの三部構成となっている。「生きる」という主題の多義性ゆえにバラバラなテーマのように見えるが、そこには「生きる」からイメージされる学生自身の生活感覚に即したテーマ(ペット、教育、ネット)が選ばれたと見ていいだろう。
 テーマの個別性に鑑み、事例研究を中心としたが、先行研究のレビュー、関連統計データの提示、事例の吟味、インタビュー内容の記述などへの配慮を促した。それらが十分にかなえられているかは、学生にとっても教員である私にとっても厳粛に考えなければいけない課題である。なお、本報告書作成の過程でご協力をいただいた方々には、この場をお借りして篤く御礼申しあげたい。ご協力なくしては、この報告書はできなかった。
 講義では議論の一環として全員参加を旨とした飲み会を実施し、また発信の一環として、全員が日々の研鑽の成果をブログ(インターネット上の発信ツール)に書き込み(受講者のブログ一覧は、http://my.spinavi.net/yumiyama/のリンク集参照)、9月には5泊6日で希望者を募りプサンでの韓日大学共同セミナーに出席し、東西大学・釜山大学・釜山外国語大学・慶應義塾大学・立命館大学の学生とともに寝食を共にし、発表と議論を展開した。
 だがこれら教室外の活動については、今年度は受講者15名の適正人数だったが、残念ながら活発だったとはいえない。モティベーションは下がり、議論は盛り上がらず、定時開始ができなくなり、恒例となっていた合宿も実施せず、講義の存続すら危ぶまれた。その中で講義を去っていった学生もいた。私の力不足もあるが、いわゆる「ゼミ」という参加型の講義、さらに「教員が黙れば学生は自ら学ぶ」という私の教育スタイルが大きく曲がり角にきているという実感がある。学生アンケートも満足度は低いようだ。今年度で所属する人間科学科の通年のゼミタイプの講義から離れるが、「生きる」をテーマに掲げてきたゼミとしては皮肉な幕引きでもある。ただ本報告書作成の過程で、各班が提示した原稿に対して、他の班が班員のコメントを集約・調整したうえで、わずかな時間で組織的にリプライ。そして表紙の作成、原稿のリライトが同時進行していく姿は圧巻であった。はじめて協同作業といえるものを見た気がするが、それがネット上であったというのは、今風なのかもしれない。やや私的な思いを連ねることとなったが、この体験は、今後も教育に関わる者としての私の精進の糧としていきたいと考えている。(弓山達也)

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