沖縄研修(3)

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三日目は首里城(写真)と玉陵(タマウドゥン)に。首里城には高校生の修学旅行が大挙して押し寄せていた。史跡めぐりに全く関心ない様子で、男子は制服をダランとはおり、腕まくりに裾あげで肩で風を切って歩き、女子は最近は見なくなったルーズソックスがチラホラ。ダルそうに座り込み、嬌声をあげながら広がってチンタラしている。
外国人観光客が首里城で行われていた伝統衣装による出仕にではなく、こうした高校生にカメラを向けていた。シーズンなのかもしれないが、何年か前に来た時には首里城に、こんなに修学旅行客はいなかった。やはり世界遺産指定の影響なのだろうが、自国文化を半ば侮辱してまわる若い世代を野放しにする修「学」旅行は、もはや国辱といえよう。今後も学生を引率する身としては自戒を込めて記憶に留めておきたい。


そしてアブチラガマ(糸数の鍾乳洞)での平和学習。約1時間にわたって平和ボランティアガイドさんによる、大戦末期にこの鍾乳洞でおきた数百人が凄惨な最期をとげる話に耳を傾ける。漆黒に闇の中で泣き出す者や座り込む者が続出したが、本当にここに来て良かったと思う。僕自身も初めての体験で、大きなショックを受けた。というか今まで、ここに来なかったことを恥じた。最後は懐中電灯も消して黙祷を捧げる。ガイドさんによる「皆さん、もの凄く偉くなって、この中から総理大臣がでるかもしれませんね。そうして戦争のない世界をつくってください」というメッセージを、ここに繰り返し刻んでおきたい。
午後は知念のサンライズビーチ(写真=まだ冷たいはずなのに海に入る者多数)に行き、昼食。斎場御岳(セイファーウタキ)が研修最後の地。
帰りの飛行機は30分弱の遅れ。何か物足りなさを感じていたと思ったら、沖縄そばを満足に食べていないことに気づき、空港内の沖縄料理屋に駆け込む。途中、学生一名をつき合わせ、泡盛と沖縄そばを20分でかき込み満足して帰路につく。
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One comment

  1. みたま より:

    私の高校の修学旅行はマレーシア・シンガポールでしたが、現地高校とのコミュニケーションが如何に恥ずかしかったかを思い出します。現地高校の生徒が思い描く日本人像を大きく逸れていたようで、まぁ其れは現代に於いては仕方がないのですが、複雑な感情を禁じ得ませんでした。
    首里城に関しては、琉球王朝が倒れて沖縄県となった際に取り壊すはずの所を、神社として改装することによって保存した、と確かそんな感じの話があった気が。ここら辺の「近代神道史」は私は未だ未学習です。海外神社史の端緒であるのは解るのですが。

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