ハワイの神道系教団

→1993年に浄土宗総合研究所のプロジェクトでハワイの日系宗教の調査をしました。これはその時の報告「神道および神道系新宗教のばあい」です。
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 現在、ハワイにおける神社神道(ハワイ大神宮)および神道系新宗教(天理教・金光教)は厳しい現状に置かれている。本来、民族的アイデンティティの拠り所となるべき神道であるにもかかわらず、車のお祓い程度の活動しかできていないところもある。布教の必要のなかった神社神道と、布教は「座って待つ」を旨とする金光教は、特にそれが顕著である。天理教はむしろ神道的色彩が布教上の障害になると、それを払拭しようとつとめている。ここではこれら3つの教団を対象に日系宗教が抱える問題点を指摘したい。
 ハワイ開教の目的は、ハワイ大神宮に関しては不明な点が多いが、3教団とも個人的な布教に端を発していること、また基本的には日系人を布教の対象としている点で共通している。天理教と金光教のばあいは、戦前より教団の本部の世界布教の理念のもと強力なバックアップがあり、これは今も継続されている。
 教団の展開・趨勢に関しては、日系宗教、特に神道を標榜することもあって、第二次世界大戦時には、いずれの教団も教師がアメリカ本土に抑留されている。敗戦後、天理教は教団トップにの巡教と10年毎に行なわれる教祖祭ををバネに教勢を立て直し、ハワイ州における教会数は24(1940年代)から37と増加をみている(現在の信者数は1100〜1200名程度)。だが、ハワイ大神宮と金光教に関しては教勢の低下を押し止めることに成功していない。ハワイ大神宮は戦前は大祭に1万人の参拝者があったというが、現在、活動的な信者数は100名程度である。金光教は戦前は数千名いたという信者が、現在は約700名になっている。
 組織形態では、ハワイ大神宮はヒロ大神宮と同様、伊勢神宮との精神的な繋がりを重視しているが、組織上の連携は全く行われていない(教師は宮司1名)。天理教と金光教では本部との関係が強く、専従職員は本部での任命制をとり、教師になるにも本部での一定程度の研修が必要となっている。特筆すべきことは、天理教・金光教においては「親教会―子教会」といった教会の本末関係にハワイの教会も大きく規定されており、教師任命などにも影響をあたえていることである。
 布教方法の特徴として、3教団とも日本国内のものとほとんど変わりはない。ハワイ大神宮では、神宮大麻のダイレクトメールでの頒布の他は特に布教はしていない。金光教では国内同様、教会で教師が信者を待ち、「取次」(教師がカウンセリングの形式で信者の悩みや感謝の気持ちを神に、そして神の思いを信者に取り次ぐ行為)を行うことを基本とする。天理教は教師による個別訪問(病気治しや悩み相談)や奉仕活動、そして非信者をも巻き込んだ本部への団体参拝があげられる他、日本文化の普及やバザーを通して日系・非日系人にアピールしようとしている。
 問題点として、まず第一に異文化・異世代間の問題がある。3教団ともコミュニケーションの問題(英語のできない布教師と日本語を解せない信者)を、大きな問題としてとらえている。ハワイ大神宮では神観の合理的な説明に苦慮し、天理教と金光教では、信者の内面に踏み込むために、英語の必要性を痛感しているという。また、3つの教団では、いずれも若い世代の教団参加を重要な課題としているが、それがうまくいっていない。天理教は組織改革で若い人を登用するよう、工夫しているが、日系一世のプライドの高さが支障をきたしているという。一方、金光教では他の参拝者がいるところで悩みの相談を行う「取次」(教師がカウンセリングの形式で信者の悩みや感謝の気持ちを神に、そして神の思いを信者に取り次ぐ行為)や、体験談がプライバシーの問題でうまくいかない。天理教と金光教は日本国内においては教師と信者との密接な関係のうえに教勢を伸ばしてきたという伝統があるため、こうした異文化・異世代間のギャップは深刻である。
 第二に教師の資質・内容・養成システムの問題がある。天理教も金光教も本部が一方的に専従者を任命しており、教師のヤル気にも支障をきたす危険性がある。また教師養成に関しても、金光教では本部での1年間の研修が義務づけられており、天理教でも研修はハワイでできるが、最終的には本部に行かなければ任命されないシステムになっている。これら布教師の地採用の難しさや布教師の任期が短いために生じる帰属性の低さは布教上の障害となるであろう。
 第三に新たな布教展開の困難さが指摘できる。異文化間、異世代間、教師―信者間など、さまざまなレベルでの齟齬に十分に対応ができない。ハワイ大神宮では教団規模から考えて力量の問題といえるが、天理教や金光教のように立教から100年以上の歳月が経ち、強大な組織を有している教団では、既成化や官僚制化の問題が指摘できよう。異文化接触や世代交代の新たな局面を前に、多くのばあい教団の伝統の重さが桎梏となって柔軟な対応がとれないでいる。

3 comments

  1. カムロ より:

    カムロともうします。
    先生のご研究の何かの参考にしてください

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