第一セッション終了

25日8:30。会場に到着するが、人はまばら。セッション会場の教室はカギがしまっている。8:45ごろカギがあけられるが、教室に入るのは主催者だけ。9時の開始の数分前になって、ようやく数名の聴衆。5分ほど発表を遅らせ、5、6名の聴衆が集まったところで開始に踏み切った。
カッシーの司会。「心のノート」を中心に公立学校におけるスピリチュアル教育の可能性を問う僕の発表あたりで10名ほどが来場。その後で出たり入ったりしたが、常時10〜15名ほどの聴衆がいた。主催者側を除いて、のべ20名というとこだろうか。ヘイラン、マサと発表が続き、エリックのコメント。黒板を使ったレクチャー方式である。そしてフロアーからの質問。常に手があがり、活発な意見交換となった。
僕に対する質問は3つで、エリックからは「heart」に関するもの、ジュリアからはバラバラな教育状況をどう一つ高いレベルで統合するのかということ、ヘイランからは靖国に関して。
これはセッション全体に関わることなのだが、エリックのコメントは現象学や認識論に基づいていて、つまりスピという新たな地平が切り拓かれた今、身体や心理といった従来の自己認識なり人間把握にどのような亀裂や統合が生まれたのかということ。僕への質問もそう簡単に、日本語でも、答えられるものではない。
靖国の質問は事実関係だが、エリックには日本で「心の時代」といったばあい、宗教的な意味の心理学的な意味があって、前者から後者への移行があるといったことを述べた。認識論的な話は、ちょっと後に回してくれとも。ジュリアへの質問に対してしどろもどろに。隣のマサが助け船を出してくれたが、即答ができなかった。いくつか質疑が進んだあたりで、知識教育と道徳教育には深い溝があり、それを埋めることは困難で、一部には宗教情操教育によって克服できるという主張があるが、それは無理で、スピリチュアル教育へ期待したいということを述べた。ふぅ、、、
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