紀藤正樹弁護士と

あたかも対談しているような記事が共同通信から配信されています。テーマはスピリチュアルブームをどう見るか、僕は肯定側で紀藤さんが否定側、別々のインタビューを編集して写真をアレンジすると、対談のような格好になっているから面白い(よく読むと別々の取材ということがわかる)。けっこういろいろ地方紙に掲載されているようですが、PDFでアップしておきます。
講義で配ったら、ある学生が「左の人、有名なんだよなぁ」とのこと。悪かったなぁ! 無名で!!
20080714-20080704133433195.pdf

3 comments

  1. こいけ より:

    土曜日は一次会、ならびに二次会までありがとうございました。
    先生が無事に帰れたかなぁと皆で申しておりました。
    またよろしくお願い申し上げます!

  2. Gato より:

     弓山君お久しぶり。
     今、広報の仕事をしてますが、違う取材をうまく編集するもんですね。よく読むと対談では全くない。私は対談を企画しても全然噛み合わず、結局(当事者了解の上)作文してしまいますが・・・。
     無名といいつつ、この記事は弓山君の方がかなり説得力あるよ。論理としてちゃんとしてる。さすがだね。ほんとに「争論」ならば、寄りきり。
     でも、紀藤さんは弁護士の立場として、「スピリチュアル」本体よりも、現実に起きている「犯罪」被害と現在のマスメディアの責任を問うのは当然かも。一方で、弓山君が「無限の市場が広がっている」というのはわかりやすく、むしろ恐ろしくもある。また、教育者として宗教教育に具体的に言及しているのは、とても感服する。
     実際、私も持病が悪くなると、「なんとかしてくれ神様仏様」、と思う。私はまだそれなりに収入があり、良き伴侶があり、よき医師や友人がいるので、余りブームには乗らない(テレビほとんど見ないし)。また、「無神論」(マルクス-レーニン主義ではありません)というある種の信仰がまだあり、心の中の「学館」がそれを支えている(もちろん、他人に無神論を押し付けたりはしない)。
     しかし、「ブーム」と関連するかどうかはわからないが、真面目故に心を病む友人が本当に多い。K君のようにプロのセラピストにはなれないが、病気の先輩としていろいろアドバイスは可能な限りやっている。けれど、いつ誰が病気になるかわからないような世情の中で、それを防衛するものとして目に見えない「集団」的ブームがあるのかもしれない。
     日本の敗戦により、ヤマト人が「宗教にまともに立ち向かうことをやめてしまった」というのは、そうだろう。私が行った二風谷、八重山そしてボリビアでは、いくら弾圧されても古来の宗教・文化がきちんと生活の中にある。そして不当なことには当然、命を懸けて立ち上がる(二風谷、八重山は手法は穏便だが)。私は無学だが、日本本土が特殊なのでしょうか? 哲学科のO先輩は変わらず日本古来の宗教研究に懸命だよね。   
     妻はカトリック。ミサに行くと私も賛美歌を歌う。「無神論じゃないの?」との皮肉に、「オレは音符教信者だから」と答える。その音符教と仕事で、今はめちゃめちゃ忙しいが、また会っていろいろ議論をしたい。
     長くなって、皆さん失礼。ではでは。

  3. 幼児プレイ より:

    毎日ブログみても大丈夫ですか?

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