講義に対する基本姿勢

1999年12月に旧サイトを開設した時からの僕の基本姿勢です。
今も基本的に変わりません。ぜひお読みください。


何か質問はありませんか―
 開講時にこう尋ねると、多くのばあい「出席はとるんですか」「試験ですか、レポートですか」という質問が飛び出します(質問が出れば、の話ですが・・・)
勉強ではない!
 はっきりと言いましょう。
 「君、くだらないよ。僕は、そんなことを聞かれるために、ここにいるんじゃないよ」
 それは、大学というところが、単位のために学ぶのでもなければ、出席をとるから講義にでるのでもない、と私は考えるからです。もっと言ってしまえば、大学とは「勉強」するところではない。
 「勉め強いる」のは高校までで終わり。〈学ぶこと〉=「勉強」の固定観念から解放されれば、大学はもっと、もっと面白いところになるはずです。もちろん、大学生活の魅力は講義だけではありません。私の講義より重要だと思うことがあったら、そちらを優先していただいて結構です。いや、そうすべきです。
 ただ、誤解しないように。いい加減な態度で講義に臨んでもらっては困る。私は講義は教員にとっても学生にとっても「仕事」だと思っています。いい仕事をするには、遅刻をしないのは当然だし、邪魔になる学生は断固として排除します。さらに、中途半端なことをやって講義が理解できなくなった、つまらなくなった、レポートの期日がわからなくなったということがあっても、私は何ら関知しません。
 いいじゃないですか。私の講義より、ずっと価値のあるものを見つけたんだったら。単位なんて、また来年とれば。実際、毎年何人か「先生、バンドが忙しくって講義でれなかったから不可でいいよ。来年とるから」と律儀に言って来る学生がいます。虚ろな目をして毎回出席だけはしている学生より、私はこうした学生の方が人間的には好きです。「不可」をつける時も「がんばれよ」(もちろん講義ではなく、バンドの方を)といった気持ちになります。
君たち自身の手で掴み取れ!
 また、私の講義ではグループディスカッションをしたり、みんなの前で発表したりと、学生が講義に参画することを強く求めます。これは別に私と交流してもらいたいということでは決してありません。むしろ重要なことは、受講者同士が議論を深め、そこから何かを産み出していくことで、教員というのは、それをコーディネイトするのが役目だと思っています。学生用掲示板も、そうした意図から設置しました。
 情報化社会といわれて久しいわけですから、情報は氾濫しています。それに比べて一人の教員が伝えられる情報は限られています。では、教員は何のためにいるのか? 本を読めば、インターネットを検索すればいいんじゃないか? そして、だったら君たちは何のために大学に来たのか?
 少なくとも、私は君たちに、溢れる情報の中から必要なものを的確に見つけだすツールと、そして〈学ぶこと〉の楽しさを伝えていきたいと思っています。それをどう咀嚼・吸収するか、後は君たちの問題です。〈知〉は教えてもらったり、与えられたりするものではなく、君たち自身が掴み取るものなのです。 
 
 しかし、見知らぬ人と話したり、自分の意見を人前で喋ったりするのが苦手な人もいて、そうした人が増えていることも事実です。ただ、だからといって、私は基本路線を変えるつもりは今のところありません。
 ある学生が言いました。「私は講義を聞きに来たんで、喋りに来たんじゃない」と。
 どうぞいいでしょう。結構です。ヨソの講義に行ってください(実際、その学生はそう言って出ていきましたが・・・)。大学はできるだけ多様なニーズに応えるような仕組みになっているはずです。
最後に
 以上、私が講義に取り組む基本姿勢を書いてきました。鬱陶しいですね。濃いですね。私が学生だったら、こんな講義とりませんね。
 もちろん、こうしたやり方がベストだとは思いませんし、拒絶反応をおこした人もいるでしょう。しかしこれが私の偽らざる心情=信条です。私の講義を選択するばあい、十分吟味してください。このように書くと、何やら大変そうですが、常識をもって臨んでいただければ、私の講義は楽な(=楽しい)講義に属するものだ確信しています。

3 comments

  1. 「何か質問はありませんか?」

    センセイが何かを説明する。あるいは、誰かが何かを発表する。小学校でも中学校でもそのあとには決まって、
    「何か質問はありませんか?」
    としゃべっていた人が空文句を発することになっている。
    いや、空…

  2. エロゲー より:

    ごっつやばかったです

  3. いい音楽に出会いました。

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