理想のゼミ(1)

まず最初に、自分を含め多くの大学教員はずーっとガッコウにいるので、世間知らずで、自分が受けてきた大学教育がフツーと考えがちで、おまけに大学でけっこう良い経験をしているんで大抵のばあい「理想のゼミ」というと「自分が受けてきたゼミ」を念頭においている。ところがそんな何十年も前と同じことをしようとすると、これまた大抵うまくいかないので、「理想のゼミ」はどんどん遠のいていく。数年前にいただいた年賀状に「ゼミ活動とは流木に火をつけるような努力」と書かれていて、この言葉がゼミの難しさを端的に示していると妙に納得したものだ。
本務校では学科と学科横断の2つのゼミを担当している。学科の方は3年生半期、卒論用の4年生の個人指導なので、とてもゼミという雰囲気ではない。昨年度から「ゼミらしく」をやめたら、かえって学生も教員もストレスが減ったような気がする。ここでいう「ゼミらしく」というのは、やはり僕が受けてきたゼミ、つまり3年・4年合同で、毎週の演習の他に合宿やら飲み会があって、院生やOBとの強固なつながりのある学修体制をいう。
「ゼミらしく」をやめても、それでも「弓山ゼミ」と言って、「ゼミらしく」を期待している学生も少数だがいて、そういった学生には申し訳ないと思っているが、大半はゼミに多くの期待をしていない。
学科横断のゼミは3・4年合同。調査や研修もあって、それなりに「ゼミらしい」し、学生も卒論のテーマを決める時に「弓山ゼミらしい」という理由を模索しているのが、いいね。さて写真は学生から貰った写真立てと日本酒。モノを貰ったから「ゼミらしい」のではなく、こうしたことがさっとできるような学びの共同性の「ゼミらしさ」があったのは嬉しいことである。ただ第一期生が4年になったばかりなので暗中模索、さまざまな困難もあった。またカリキュラムをコロコロ変える本学のあり方は、構造的に「ゼミらしい」学びの伝統と相容れないので、楽観視は許されない。
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One comment

  1. 馨子 より:

    自分が受けてきた「理想のゼミ」が、
    必ずしも今の時代にとって「理想のゼミ」ではない、
    というくだり、ずっしりと心に響きました。
    授業に関しても、ある程度同じことが言えると感じるのですが、
    新米の自分はまだまだ模索中です。
    でも、こうして、体験を分かち合って頂けると、
    とても励みになります。
    ありがとうございます!!

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