納棺夫日記を読む

朝起きたら、部屋がとても小さく感じられ、天井と壁がのっぺりと、あたかも平面のように見えた。不摂生がたたったのか、遠近感がおかしくなっていて、起き出してみると平衡感覚も支障をきたしていた。一年に数回あることで、大抵は放っておくと普通に戻るので、朝食をとっていたが、いっこうに治らない。どうやら本格的に体調を崩したようだった。職場で3つの会議と納会があって、納会ではエール要員の下命もあったが、とても歩き出せる感じでもなく、もしかするとインフルエンザではないかと思い、会議・納会ともお休みをいただくよう連絡した。
久しぶりに何の予定もなく、気になっていた青木新門「納棺夫日記」を読む。いうまでもなく「おくりびと」の原作にあたるものだ。3点ほど記すと、(1)著者も言及していることだが、僕も前半の日記部分に強く惹かれたが、後半の仏教論はそれほど魅力を感じなかった。(2)ところどころにある強い仏教批判(僧侶は死に向き合っていない)については、これまで無前提に「仏教=死」という図式を描いてきた宗教研究への批判ともとらえられた。(3)蔑まされたからこそ、そこに尊さがあるという展開自体は、罪と救済が交錯する宗教にあっては珍しいことではないが(例えばマグダラのマリア)、これが神話や伝承の世界ではなく、今、実際に存在するというところに「納棺夫日記」の迫力はあるのだろう。

4 comments

  1. SM 茨城 より:

    面白い記事ですね。

  2. セックス より:

    男性の書き込みをお待ちしています。

  3. だんだんブログが好きになっていきました。

  4. ツイッター より:

    久しぶりにおもしろいブログをみました

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