映画キッズ(8)

クラスの連中がロードショーを見ている時に、古い名作を見まくるのが映画キッズだった。何か人とは違ったことをするというのは、健全な青少年の常だが、ただ僕のばあいは、奇をてらってもスノッブになりきれなくて、ヴィスコンティとかフェリーニとか、オシャレな映画をしたり顔で語るのは、どうも苦手だった。もっともB級作品やアクション映画やSFものをいかに「名作」であるかと強弁するのは得意で、この辺は今の性癖とも一脈通じている。似たような仲間の間では「ダーティハリー」「悪魔のいけにえ」「時計じかけのオレンジ」なんかが話題をさらっていた。
これまであげたニューシネマ系や独立プロ系以外は特定のジャンルにこだわった記憶がないが、黒澤明とチャップリンだけは、集中的に見た。「映画キッズ(2)」で述べたように、中学1年のクラスではなぜかウェスタンがブームになっていて、当時名画座でもかからないような「荒野の七人」が映画キッズの中では「名画」と目されていた。そのうちテレビで見ることになったが、確かに面白かった。当然、「七人の侍」が下敷きになっていることを知るのだが、そんな中、テアトル東京で「七人の侍」(完全版)のリバイバルが行われた。
中間テストか期末テストが終わる土曜日に映画館に繰り出すのが映画キッズに慣わしになっていて、仲間数名と見に行った。3時間40分を見終わった時には「長かったなぁ」「もの凄い迫力だったなぁ」という印象しかなく、次の日、物知りな友人に「荒野の七人」の方がいいかなと言ったら、軽蔑した顔をされたのを覚えている。
しかし「七人の侍」効果はジワジワと効いてきたようで、僕は侍ではなく左卜全の演じる農民―ばらまかれた米を一粒一粒拾うシーン―が忘れることができなかった。やがて1週間位して親戚の娘にこの映画を語る時には、僕の中では「七人の侍」と「荒野の七人」の位置は逆転していた。短縮版を学祭で見たという彼女に、「絶対に完全版で見るべきだ」というようなことを力説していたのだ。
黒澤もそうだが、チャップリンはよくテレビで放映され、また名画座にもかかった。長編を全部見終わった頃に、NHKで「チャップリン小劇場」という20分番組が定期的にかかり、大小合わせて彼の作品はかなり見ることができた。物知りな友人たちはロイドやキートンを好んでいたようだが、僕は断然チャップリン派だった。「独裁者」「殺人狂時代」「モダンタイム」のような毒のあるというか、現代批判ものより、「街の灯」「ライムライト」「キッド」のようなお涙頂戴のメロドラマが好きだった。
この他によく見たのはキューブリックやヒッチコックだろうか。上記の通りスノッブになりきれないので、「バリーリンドン」「ロリータ」よりも「2001年宇宙の旅」「博士の異常な愛情」であり、「レベッカ」よりも「鳥」「北北西に進路を取れ」だったが。

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