何のために大学に行くのだろう

2009年度・2010年度の『知のナビゲーター』(大正大学教員紹介)に掲載した学生向けメッセージです。
——-
もし数ある講義の中で、一つでも興味を持って自分から関われる科目があれば、そんな素晴らしいことはない。利害も関心も体験も共有することなど必要とされない、この相対化された世界で、同じ関心を持った者が週一回でも定期的に同じ時空間をともにして、さらに共に学び、共に同じものを見、共に語ることができれば、それは奇跡に近い。プロを目指すバンドの練習や本番前の舞台の稽古に近い、もっと言えば恋人たちの濃密な時空間に匹敵するだろう。
専門的な知識や情報を得たり、資格を目指したり、モラトリアムを過ごしたりと、諸君はいろんな目的をもって大学にいる。しかし知識や情報の多くは、そして資格のいくつかは大学に足を運ばなくても得ることができる。それでもなお大学に行くのは、同じ関心を有する仲間との何かを求めるためだと思う。教員として、そうした講義を提供したいし、それを求めて私の講義に集ってほしい。
もう少し押しつけがましく言うと、重要なことは、その何かを求めて動くことだろう。教室も、喫茶店も、飲み屋も、箱はたくさんある。しかしそこに共有する何かがないのが残念だ。いくら教員がその何かを提供しようとしても、それは所詮与えられたもの、せいぜいきっかけにすぎない。自ら動ける学生を、私は自律の観点から「立派だ」と評価している。共有できる何かを求め、その環境を自ら創造できる場、あるいはそうした力を養う場が大学であると思う。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*