アリエッティ、これでいいのか(ネタバレ注意)

「借りぐらしのアリエッティ」観てきました。ジブリ作品には、講義等でヒジョーにお世話になっているので(スピリチュアリティとか、非宗教セクターの宗教性を説明するのに便利)あまり悪口は言いたくないのですが、「千と千尋の神隠し」の後は、どうもピンときませんね。もちろん、この映画も、体験を共有していないのに何か懐かしくなるような演出は素晴らしいと思います。きっと世代を超えた共感を呼ぶんだろうと思います。ただ、、、以下はネタバレあり。


物語は豪邸(「母の育った古い屋敷」という設定)に住む、心臓病で手術間近のショウ君なる男の子と小人のアリエッティとの出会いと別れの物語。絵的には、ショウ君の顔が時々アップになる(小人の視点からみた構図)けど、他の登場人物に比べて書き込まれた線が少なくて、大きな画面に耐えきれない、、、
まぁ、それはいいとして、一番釈然としないのは、このショウ君の言動(というか描かれ方)なのですね。最初に小人と出会った時や寝込みを襲われた時に彼は一切動じない。無関心にも近い。母から小人の存在を聞かされていたのとか、病気で安静にしていなければならないというので理解できなくはない。ところがアリエッティと初めて話をする時に、ショウ君いきなり「君たちは滅び行く種族だ」みたいなアグレッシブな発言をするんですね。おお、どうしちゃったんだ。ダーウィニストかって感じ。
その後、「死ぬのはぼくの方だ」みたいな改心もあって、またショウ君が要らんお節介をして、小人が屋敷を去らねばならなくなって、物語の後半は、アリエッティ一家の危機をショウ君が救う、、、、で、話はオシマイ。
ええっとですね、大きな手術間近で、何度も胸を押さえる主人公が出てきたら、その結末の示唆くらいあってもいいのではないか(後述するように示唆は最初にあるが)。このばあいだったら、アリエッティ一家を助けた直後に、ショウ君が倒れて、今度はアリエッティが彼を救うため奔走、でも人前には出られない掟があるから、さあアリエッティよ、どうするんだ、、、みたいな。
それがなくて、ショウ君の「君はぼくの心臓の一部だ」的な発言で物語は終わる。もちろん、観客が知りたい結末を明かさず終わりになる映画はいくらでもある。しかし、この終わり方、、、二人の間に、いつそんな信頼関係が生まれたんだろうか? ショウ君は人種差別的な言辞を吐き、ありがた迷惑な贈り物で一家を危機に陥れる、尊大で傲慢な金持ちのボンボンなのだが。
原作は、一家のお引っ越しの続きがあるので、もしかすると映画も続編があるのかもしれないが、ショウ君とのエピソードはこれでいいのか? 多分、上記のようなありふれた結末など、検討されただろうし、最初のナレーションで、物語はショウ君が過去を振り返るという設定になっているので、手術は成功するのだろう。公式サイトをみると「人間と小人、どちらが滅びゆく種族なのか!?」と書かれているが、そんな大それたメッセージがあるようには、残念ながら見えなかった。原作を全て映像化する時間もなく、途中で切ってしまったが、何かラストがまとまらずに、公開も迫って、「あとは観客に考えてもらいましょう」的な見切り発車になっちゃんったんじゃないかと見るのは悪意ある解釈だろうか。

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