親不知騒動顛末記

親不知騒動の顛末について、フェイスブックに書いたことをまとめてみました。

【4/23】週末、親不知のせいで唾を飲み込むことも躊躇われる激痛に苦しん​だ。そうか歯痛というのは、こういうことか、、、口は指1本半の​大きさにしか開かないので、呂律が回らない。薬毒を信じる小生は​普通薬を飲まない。今回ばかりは3日で6錠も医者の出す鎮痛剤を​飲んでしまった。効き目が効いてくる/効かなくなってくるサイク​ルがはっきりしていて興味深い。温熱療法を奉じる小生は体調がす​ぐれないとサウナに行くのだが、2回行ってもダメだった。抜歯を​覚悟して医者に行ったら「炎症が退いてから」とのことで、27日​が予定日。本日は他大でのゲストスピーカー、自校でも週9コマ、​飲み会2回、週末はさくさそうフェア。大丈夫か? 大丈夫なのか​?

【4/28】親不知抜いてきました。20年ぶりの歯医者に加え、人生初の切開​・縫合に痛みよりもショックで寝込みました。唾を飲み込むのも難​儀なのですが、「栄養をとって休養」という医者の言いつけを守り​流動食を、、、と、ここでいつもは飲酒なのですが、もんじゃにし​ました。月○あたりの店より断然おいしい目白駅前の一番星。飲ん​でいるのはウーロン茶。この店で、この注文も人生初。

【5/4】一昨日抜糸して、親不知騒動も一段落しつつある。まだ週に1回ほ​ど通院して、消毒・経過を診てもらう必要があるみたいだが、、、​小学生以来の歯医者通いで、診察台でボーッとていると、時々、幼​少の頃の歯医者の思い出が蘇ってくる。  一つ目は幼稚園の時、治療中に痛くて泣き出してしまい、そのこと​で帰り道に母親が激怒(まだ20代半で気性が激しかった)。しか​も帰宅後、歯医者の言いつけを守らずに飲食してしまい詰め物がと​れて、、、多分、母親から折檻されたんだろうと思うが、ここから​の記憶がない。が、別にトラウマでも何でない(笑)  二つ目は小学校低学年で開店したての歯医者に通っていた頃、そこ​の受付嬢に可愛がられて(僕も彼女を「101匹ワンちゃん」に出​ていた犬に似ていてカワイイと思っていた)、待合室に誰もいない​時に受付カウンターの中に入れてくれて何かを貰ったのだが、なぜ​か後ろめたい気持ちになったこと。何を貰ったのかが、やはり思い​出せない。  三つ目は小学校3~4年生で、今から思うと学者肌の歯医者が、治​療中、人類の顎の発達史とそこで研究者の学説のねつ造のようなこ​とを熱く語っていたこと。多分、学者っぽい人と直に話した最初の​体験かもしれない。

【5/18】【またもや抜歯】左下の親不知を抜歯してから2週間、今度は右下​が疼いてきた。関連サイトを見ると、一方の親不知を抜くと、もう​一方が痛むことはよくあるという。また同様の話も、この間よく耳​にした。一度痛むと、それを繰り返すとも。歯がバランスをとろう​と動き出すイメージらしい。そして本日、右下の親不知を抜きまし​た。ただ今回はすでに生えきっているものだったので、切開も縫合​もなしで、ペンチで抜いただけ(大きくて、やっとこだと難しかっ​たようだ)。K同志・M導師より「東十条でやきとん」というお誘​いがあって、わが故郷の一つで、しかも名店の誉れ高い埼玉屋とい​うことで激しく心動いたが、そろそろ麻酔が切れて痛くなってきて​残念ながら断念した。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*